
最低の年明け
ブロワにも数日滞在し、パリを通り抜けて鉄道は西へ。目指すはドイツ国境との 境目の街、ストラスブール!アルザス地方という奴だ。 アルザス地方はドイツに近いせいもあってドイツの文化が流入してきている。 伝統的なシュークルトというアルザス料理は、ザワークラウトに温めたジャガイ モ、ソーセージ、ベーコンを添えたものだから、ほぼドイツ料理と言っても過言で はない。パリにお昼過ぎ頃に着いて、そこからまた鉄道で5、6時間ほど。着くの はまた夜、いや、真夜中である。 俺はこの街が綺麗で一見の価値あり。という事を本で読んでいた。街を流れる イル川、そして木骨組みの家並みはフランスのヴェネチアと称えられるほど。 この街へ行くその日、日付は12月31日の大晦日だった。年明けを過ごす街を どこにしようか、その事を旅行中考えていたわけだが、フランスが誇る大都市の ストラスブールでならば最高だろう。と言う事で向かっている。 午後10時半頃…ストラスブール駅に着いた…。 小さいバッグと全荷物である重く大きなバックパックを持ち、車両の外に出ると 「寒い!!」 めちゃんこ寒かった。 南仏地方からパリまで来て、少し寒くなったかな。と思ったが、ストラスブールの 寒さは尋常ではなかった。吐く息は真っ白になり、脚下から冷気が忍び込んでく る。「早くホテルを探してシャワーでも浴びよう」 長い時間の移動に疲れていた 俺は、駅を出た。駅前には大手チェーンホテルの背の高いビルが何軒も建って いる。しかしこう言ったホテルは大抵結構高い。俺は横をすり抜けて安いホテル を探そうと思った。駅前や目抜き通りに面した場所には安いホテルはない。そう いう場所から一本、二本…と裏道に入っていった所に安いホテルがある。 とりあえず河を渡って目抜き通りに入ってみた。本当に寒い。そうか、こんな大 きな河があるから、余計寒いんだ。歩いていると突然、バァーン!という、爆発音 のような発砲音のような音が街中に響き渡った。 「ウワッなんだこの音は!?」 ぶっくりするくらい鋭く大きな音である。音は絶え間なくパンパンと、そこかしこで 鳴っていた。「げ〜こくはやっぱ物騒だなぁ…」と、正体不明の怪音にビクビクし ながら歩いていると、前方に数人の若者達が集まって騒いでいた。彼等の視線 の中心からも怪音がする。 「な、何だ?」 そろそろと近づいてみると、怪音の正体は爆竹であった。彼等は大量の爆竹を 鳴らしては新しいのに火をつけている。 「本当にすごい音がするな」 そう、外国には新年のお祭り騒ぎで爆竹を鳴らす国 があるのだ。昔イタリアで新年を迎えた時も、ホテルの外でバンバンとすごい音 がしていた。 しかしそれにしても何というか、危ない。 歩いていると自分のすぐ脇で大音響がしたと思うと、今度は横のアパートの3階 の窓から爆竹や、弾の出る花火(20連発とかのアレ)を所構わず打ち出す奴が いる。ビル越しに見える夜空が、時折一部サアッと白く光る。新年の祭りだから、 街中皆無礼講みたいな感じだ。音と光だけで言うと、まるで戦時中の街を歩いて でもいるような気分だ。 ストラスブールでの生の年越し騒ぎを体験できるのは嬉しい事なのだが、俺は この爆音に慣れるまでに少々時間がかかった。 さて、安ホテルである。 実はさっきからずっと、探している。でも見つからないのだ。 一軒安そうなホテルがあったのだが、もう時刻も午後11時半を回っている為、 入り口が閉まっていた。仕方ないので他にもホテルをあたってみたのだが、 「満員」の一言で返されてしまう。なんと年明けに訪れた観光客のお陰で、ほと んどのホテルは一杯になってしまっていたのである。これにはまいった。 もうこうなると意地のようになってしまい、半端に値段の張るホテルになど絶対泊 まるもんか。という気になってきた。俺は安ホテルを目指して、街の東南東へと 歩いて行った。いつの間にか駅は遠く離れてわけのわからん方向まで来ていた。 寒さと重量感から来る疲労で頭が錯乱してしまったのかもしれなかった。 段々「今日はわざわざホテルなんて泊まらなくていいのではないか?」という疑 問が浮かび上がってきた。ホテルが見つからない事、そしてこの街がとてつもな く寒いという事。この二つに対しいらいら〜っとしてきて、俺はふとストラスブール からもう帰ろう。という事を思いついた。駅を出た時に見た鉄道の時刻表に、朝6 時にパリ行きの鉄道がある事を思い出していた。「もうこんな寒い街はおさらば だ、明日の朝帰るべ!」と、突然決めてしまったのである。朝6時の鉄道に乗るの ならわざわざ今から6、7時間ほどしかいられないのに、何十ユーロも払ってホ テルを取るのはバカらしい。とすれば朝までどうするか…野宿である! 旅行先で野宿…この言葉は俺の中で甘美な響きを持って閃いた。 数々の旅行体験談のように、俺も一日くらいホテルに泊まらないで過ごしてもい いだろう。野宿してきたなんて、旅行から帰って土産話になるではないか! そう考えた俺は、駅からずーっと離れたノートルダム大聖堂のあたりで進行方 向を変え、駅へ戻る事にした。 フランスの国鉄駅では夜、よくベンチに全荷物を置き眠りこけて鉄道を待つ人達 がいる。建物の中なので外にいるよりかは暖かいし、野宿するならあそこしかな い。今まで歩いてきた距離を考えるとげっそりするが、とにかく歩かなくては…。 駅に戻る途中、大きな中華料理店の前に人だかりがあった。「何かな」と思って 覗いてみると、店の前の道路に20メートルくらいのでっかい爆竹をセットしている ところだったのである。店のイベントで、新年のカウントダウンをしているみたい だ。店内の客も全員外に出て、ざわざわと騒ぎながら年が明けるのを待ってい る。面白そうだったので俺も立ち止まって見る事にした。 店のスタッフの中華系の人がチャッカマンを手に道路の中央に躍り出て、腕時計 を見ながら立ち尽くしている。やがて年の最後の1分になると、周りで見ていた大 勢の客達も大声を揃えてカウントし始めた。 「5、4,3,2,1、0!」 と、叫ぶと同時に爆竹に火がつけられた。天をつんざくようなパンパンパン!とい う音が3分間くらいずっと鳴り響き、観客も興奮のるつぼ。皆自前の花火を持ち 出して着火しては放り投げている。まったく、こりゃ本当戦場のようだ。 と、見ていて面白かったのだが、裕福そうな格好で抱き合いながら喜ぶ外人を見 て、自分は宿無しなのだと気がついた。これでここらでホテルでも取っていれば 彼等に混じってバカ騒ぎもできそうなものなのだけど、俺にはこの後6時間、クソ 寒い街を何とかやり過ごさなくてはならない。 俺は再び駅へと向かった。 駅に着いてからは、非常に大変だった…。 駅の中は思ったより寒く、じっとしていると震えてくるよう。しかも近所の不良グル ープみたいな子供が4、5人俺の周りをうろついて、隙あらば荷物を取られてしま いそうだった。年末警戒中の地元の警察が巡回に来ると、子供達はそそくさとど こかへ逃げてしまうのだが、警察は駅で床に座っている俺を見ると(ベンチはプ ラットフォームにしかなかった)「君、そんなところで座ってちゃ駄目だ。朝の鉄道 を待っているのなら立っていなさい」などと、無茶を言うのである(笑)。まあ、駅は 確かにホテルじゃないのだから、言う事もわかるけども。 お陰で俺はほとんど一睡もできず、疲労と寒さに耐えながら、一刻も早く鉄道が 来る時刻にならないかと祈らんばかりだった。 もう本当、野宿なんてこりごりである。もう絶対にやりたくない。 何十ユーロと引き換えに、とてつもないリスクを背負う事になる。野宿に得るもの なんて何もない。こうして俺はストラスブールで最低の年明けを迎えたのだった。 |