![]() |
![]() 生後数ヶ月で1度目の手術をクリアして、その後は順調だと思っていましたが 2003年6月更なる試練の幕開けでした。 それは、チャコと私達の巨大食道症という病気との闘いの幕開けだったのです。 2005年5月31日に胃に入っているチューブを抜くに至るまで、それはそれは長い道のりでした。 とりあえず、2003年6月からの闘いは1つのピリオドを迎えました。 この期間中チャコに万が一の事があったなら、 ここで掲載している写真は過去の思い出として私の心にそっと仕舞っていたと思います。 チャコの写真は良い時ばかりの写真ではありません。 撮影するのが辛い時もありましたが、私は撮り続けました。 記録に残しておきたかったのです。 写真は、文章よりも事実を正確に伝える事が出来る手段だと思います。 私が文章を書いて説明するより、チャコのあの日あの時を見た方が、 チャコの事が皆様に伝わると考えています。 一部日記に掲載している写真も有りますが、ほとんどが初めてご紹介する写真です。 チャコが今、生きていなければ第2章は作らなかったでしょう。 頑張ったチャコ(私とイチロー君も頑張りました^^)を是非、ご覧下さいませ。 でも油断は出来ません。チャコの病気が完治したのではないのですから。 |
![]() 2003年3月10日撮影 これはHPのトップの画像にもなっています。 この頃のチャコはベルより大きくなり、私もいつしか病気と上手く付き合っていける・・・って思っていました。 あまり気にしなくなっていたのが本音です。 ところが悲劇は突然やってくるものです。 2003年6月チャコの具合が悪くなりました。 食べたくても食べれない・・・そんな感じでした。 |
| |
![]() 2003年6月15日撮影 チャコの具合が悪くて寝ているチャコにバスタオルをけてあげたら、メイが横に入ってきました。 何も知らない無邪気な顔のメイが、チャコと対照的。 メイはチャコをとても慕っていたのです。 チャコは肺炎を起こしているのではないだろうかという事で、この後2回入退院を繰り返しました。 ところが、肺炎ではなく、拡張した食道に毛が沢山溜まってしまい食べる事が出来ず、 更に肺を圧迫していたために呼吸が苦しくなっていたのでした。 内視鏡では毛の除去が不可能な為、急遽食道を切り開く手術になりました。 食道は出来れば触りたくない部分だそうです。 縫ってもくっ付きにくく、術後の経過も良いとは限らないのです。 でも、チャコが生きていく為には、この方法しかありませんでした。 手術当日は居ても立っても居られないほど緊張していました。 無事終了の確認がとれるまでは、何とも言えない憂鬱な気持ちです。 |
![]() 2003年7月5日撮影 チャコは生きている! 7月2日食道の手術後、面会に行って撮影。先生に抱っこされているチャコ チャコの食道には女性の握り拳位の毛がぎっしり詰まっていました。 取り出した毛を見せてもらいました。 7月3日以降毎日の様にチャコの容態を電話で聞いていました。 先生に繋がる迄の電話の保留音の最中は心臓がドキドキして口から心臓が飛び出そうになっていました。 今でもこちらの病院と同じ保留音を聞くと、この時の事を思い出してドキドキしてしまいます。 2005/5現在は保留音が変わっていました。 |
![]() 2003年7月12日撮影 ![]() 2003年7月12日撮影 チャコ入院中 私は毎週土曜日に面会に行っていました。 この日は術後の経過が悪く、これ以上の処置方法が無いのであれば、 家に連れて帰り看取ってあげたいと思った日でした。 酸素吸入をしていたので、私は長く一緒にいる事は出来ませんでした。 容態の悪いチャコを見て、涙が溢れました。 でも、私にはチャコの瞳が輝いて見えました。まだ生きるんだ・・・そう感じました。 まだ方法はあるとの教官の話に一筋の明かりを求め、チャコをお任せする事にしたのです。 結果的に胸に溜まった膿を注射で抜き取り、何とか乗り越えました。 |
![]() 2003年7月19日撮影 ![]() 2003年7月19日撮影 ![]() 2003年7月19日撮影 面会時。随分顔色も良く、1つの山を越した感じがしました。 そして2003年7月28日長い入院生活を経て退院しました。 |
![]() 2003年7月29日撮影 ![]() 2003年7月29日撮影 退院した直後は押入れでずっと横になっていたチャコ その側には、いつもメイがちょこんと寄り添うように寝ていました。 トイレや食事以外はほとんど寝ていて動きませんでした。 |
![]() ![]() 2003年7月30日撮影 自分から起きてきたところを撮影 退院から3日後 チャコの着ている赤い洋服は、チャコが入院中に用意していました。 もしかしたら、この赤い洋服も着る事が無いのでは・・・と思っていたのですが、家に帰って来て着せる事が出来ました。 |
![]() チャコの食事はチューブから。 退院はしたものの、まだ傷口が完治せず、近くの病院へ通院 ![]() 2003年7月31日病院にて撮影 この傷がなかなか塞がらず、長い期間、洗浄消毒をしていました。 これはわきの下辺りというか、前足の内側付け根です。 体内から肉が盛り上がって来なかったのです。 |
![]() 2003年8月1日撮影 わきの下の傷口を隠す為にもう1枚服を中に着せました。 ![]() 2003年8月6日撮影 メイ、チャコの隣で赤ちゃんがえり ![]() 2003年8月3日撮影 メイ、チャコのシッポの側で眠る。 ![]() 2003年8月9日撮影 この頃になると、少しずつ遊ぶ様になりました。 ![]() 2003年8月19日撮影 こんな姿も見られるようになる。 ![]() 2003年9月1日撮影 ![]() 2003年9月1日撮影 ![]() 2003年9月14日撮影 ![]() 2003年9月17日撮影 ![]() 2003年10月5日撮影 メイはチャコが退院してからいつも一緒にいました。 ![]() 2003年10月5日撮影 チャコの食事風景 ![]() 2003年10月22日撮影 布団の中のチャコ ![]() 2003年10月26日撮影 7月末に退院後、わきの下の傷口が塞がらず、 再度東大動物医療センターへ行き、わきの下の傷口を縫い合わせることになりました。 洗浄消毒に近くの病院へ、ずっと通院していましたが、 その際、チャコちゃんの体の内側に問題があって肉が再生されないのではないか・・・と 先生と何度も話していましたが、やはり体内に問題があったようです。 2003年10月27日 東大動物医療センターへ入院 2003年10月28日傷口の縫合手術 よころが予期せぬ出来事が起こってしまったのです。 入院中にチャコは自分でチューブを抜いてしまったらしいのです。 更にチャコの食道の一部に小さい穴が開いている事が判明。 チューブを再度入れる手術をしました。 ![]() 2003年11月1日撮影 ![]() 2003年11月1日撮影 この日は忘れもしない土曜日。午前中、自宅に病院より連絡が入り、チャコの容態が悪い知らせでした。 何が何だか解らないまま、急いで病院へ向かいました。 食道に異常があり、この日は死んでしまうかもしれない・・・と告げられた日でした。 寝耳に水とはこういうことですね。 確かに傷口は塞がらなかったけれど、死ぬような問題ではなかったはず・・・と思うとすごく後悔しました。 この辺の事は、私自身もよく解りません。 どんな原因にせよ、チャコの食道に針位の穴が開いていた為に、 再度の開胸手術は避けて通れなかったでしょう。 とにかくチャコが元気になって、家に戻れれば良いのです。私の願いは、ただそれだけでした 手術するかしないか、大きな決断の時がきました。 手術をしても、しなくても死に向かうのであれば、手術の成功を祈ろう!・・・その1点に賭けました。 夕方から緊急手術 この手術に際し、病院及び先生方の技術と医療の腕の確かさに感謝しました。 食道から胸に溜まって肺を圧迫していた唾液を抜くと呼吸がスゥーっと楽になったそうです。 そして、特殊な膜で食道の一部を覆い再度食道の縫合 無事終了 ![]() 2003年11月2日撮影 ![]() 2003年11月2日撮影 ![]() 2003年11月2日撮影 ![]() 2003年11月2日撮影 ![]() 2003年11月2日撮影 翌日、面会に行きました。 手術は成功でした。 私に気付くと起き上がろうとしているチャコ。 ただただ、チャコの運の強さと生命力に驚きと嬉しさでいっぱいでした。 ![]() 2003年11月8日撮影 ![]() 2003年11月8日撮影 ![]() 2003年11月8日撮影 再び入院中に面会 快復力に驚きです。 11月14日退院 ![]() 2003年11月14日撮影 退院後、自宅に戻ってすぐ撮りました。 ![]() 2003年11月18日撮影 日増しに元気になってきました。 ![]() 2003年11月22日撮影 今迄、高い所にジャンプ出来ませんでしたが、下駄箱の上に飛び乗れるまでに快復しました。 ![]() 2003年12月27日撮影 相変わらずチャコとメイは仲良し ![]() 2004年元旦撮影 色々あった2003年。 ここまで元気になりました。 まだ、チューブは入ったままですが、ひとまず2004年をチャコも一緒に迎える事ができ嬉しかったです。 この後の様子は第3章へ続きます。 |
| =^_^=ハッピーにゃん★にゃんルーム=^_^= |