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     昭和24,5年頃の思いででは、いつも夕方庭先で黒い大きな

    かたまりが空を見つめて仁王立ちしていた。  子供心に違和感

    を覚えている。  その人が戦争から復員した親父でした。

    廃墟と化した東京のど真ん中、復旧には運送だと直感したそうです。

    台八車からリヤーカーへと発展、オート三輪、そしてトラック。

    ある時は、増車するか電話を引くか、迷った結果電話にしたことが

    今日につながっている、と良く自慢話していたことを思い出します。

    そんな頑固一徹な親父に育てられながら、平成を迎え、通信の

    規制緩和を得て、外資企業との接点を持ちました。 

    ビルドモアの初まり始まりです。