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半初心者のためのグラン・クロニカ

『グラン・クロニカ・デル・カンテ』 Vol. 4所収

「古いフラメンコが好き」と言うと「あ、私もカマロンとか好きです」 みたいな反応が返ってくるらしい今の世の中、 カマロン(1950-1992)が生まれた頃までに録音されたSPレコードの復刻シリーズは、 いったいどんな人々に聴かれているのだろうか。 その頃を知る老人たち、研究者、通、好事家、変人・・・  そんな連中の仲間に入りたくもないのに何かの間違いでこのCDを手に取ってしまったあなた、 まあまあ落ち着いて、そんなに心配することはない。 とりあえず元を取る方法を考えよう。

毎年の「新作」を心待ちにする心底カンテ好きの固定客が多いこのシリーズは、 フラメンコに触れて間もない半初心者には確かに取っつきにくい。 ほとんど知られていないが相当の才能の持ち主が歌う非常に入手の難しい素晴らしい演唱とかいきなり言われても、 CD1枚を通して一人も歌い手の名前を聞いたことがなければ、 ピンと来なくても当然だ。 こういう中級以上向けの情報はひとまず無視してよい。 とりあえず音を聞いてみよう。 最初の1回で良いと思えないのは当たり前。 「これってフラメンコなの?」と思う人だっているかもしれない。 でも元を取るために我慢して最低5回聞く。 最初の違和感が薄れてきて、 うまく行けば1曲ぐらいは何となく親しみを感じたり、 ちょっと気になったりしてくるかもしれない。 それで充分成功と言ってもいいが、 あの分厚い解説に目を通さないのは勿体ない。 これも値段の一部だから最初から最後まで読む。 読んでいて「鉄火肌」などの専門用語が出てきたら、 辞書を引いて気性の激しい・威勢のいい女性に対して使う単語だということなども確認する。 解説で興味を引かれた演唱を選んで歌詞を見ながら1回、 歌詞を見ないで1回聞く。 それを3回繰り返す。 この時点でやっぱり全然面白くなければ、とりあえず諦めて、 ひと月後に再挑戦する。 もしかしたら一発で気に入るかもしれない。

もちろん具体的な回数なんかどうでもいい。 僕の言いたいのは、 要するに4回だけ聞いて放り出しちゃいけないということだが、 これは何千円損するとかいう話ではなくて、 大袈裟に言えば一生の問題なのだ。 そう、古いものといえばカマロンぐらいしか聞いたことのなかったあなたの、 フラメンコとの付き合い方が大きく変わる可能性があるのだ。 このシリーズに収められたカンテからは、 あなたが今まで抱いていたフラメンコに対するイメージを大きく超える広がりと深さ、 そして何よりも自由な精神が聞こえてこないだろうか?  そして、自由と多様性の向こうに、 単なる寄せ集めからは決して出てこない確固たる一つの世界が立ち現れてこないだろうか?

この統一感を支えているのは、 もちろんこれらの演唱を選んだエンリケ坂井の眼、 カンテに対する彼の姿勢、フラメンコ観だ。 グラン・クロニカは、このアルティスタの「趣味」で貫かれたCDなのだ。 さらに、解説には飯野昭夫の趣味がまたぎっしり詰め込まれている。 それぞれのやり方で深くフラメンコを生きてきたこの二人の趣味=生き方に (たとえ間接的にでも)触れることで、 同じようにフラメンコに魂を捧げてきた人々から彼らが吸収したものを、 あなたは受け取ることになる。 そう、フラメンコという芸能はそんな風に人から人へと伝えられてきたのだ。 だから、このCDが聴けるようになるということは、 そういった魂の積み重ねが少しずつ聞こえて来るようになるということなのだ。


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2003/09/07

KAWAKAMI Shigenobu