今日のできごと

もうゲーセンは卒業・・・

日にち
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2005・12・4

ようやく歯も落ち着いてきました。(まだ治療は終わっていませんが)

時々考えるのですが、「これでいいのかな?」と。むずかしいことを考えるのがきらいな私はいつも流されるがまま。小心者なので悪いことはしないけれど本当はなんでもやってみたい。浮ついている私としっかりした弟を比較する両親は当然心配します。自分が親離れできていない事はよくわかっているので親が亡くなったらと考えると不安です。おまけにおばあちゃん離れもできていないことが最近わかってなさけないです。じーさんが死んだ時は涙なんて一滴もでなかったのにおばあちゃんが死んだらどうしようと考えるだけで泣けてしまう。本当に死んだらどうなるんだろう!私の心と体は中学一年生で止まったようです。

考えても自分で結論が出せないので疲れて考えることをやめてしまってすでにうん十年生きてしまったけれど来年こそは!と根拠の無い希望を胸に秘める年の瀬なのであった。細木数子の本を思わず買ってしまったけど来年はとてもいいと書かれていたのでちょっと期待してます。

義母が不用品の整理を始めています。なんともコメントの仕様が無いので黙ってみていますが、いらないものを後生大事にとっておいてもスペースの無駄なので私も見習っていらないものは処分するようにしています。ぬいぐるみは人にあげたり、布地は服に仕立てたり、本はブックオフに持っていったり・・・着ない服は思い切って捨てました。おかげで天袋が半分空きました。すごいことです。困るのは箱です。パソコンが入っていた箱、家電製品が入っていた箱・・・・・壊れた時に修理に出すのに必要らしいけど・・・みんなとっておいているのかな??捨てたい・・・

2005・11・10

ここ二週間体調は最悪・・・。今年を振り返ってしまうと良く考えたらあまりよくなかった。落馬による打撲に始まり婦人科系の病気(これは軽かった)そして今は「歯!」である。まあ、兆しはあったといえばあったのである。軽い頭痛、肩こり・・・そして年に2回の定期健診で医師が「この歯は危ない」といつも言われていた。で、ついに鈍痛がしたので診察してもらったらかぶせてあったものを取り外してその日は帰宅。夜になって、歯が痛くて何やっていても精神がすべて歯に集中していてかなわないので痛み止めを飲みました。一回のんだら6時間あけないといけないのですがその前に歯が痛くなってきて眠れない・・・・。薬を飲むときは食後って言われてるから夜中なんてどうしょうもない。保冷剤でほほを冷やすのみ。
神経は抜いてあるのになぜ痛いの?と素人は考えるのですが先生いわく「神経を抜いた後にいれた材料が時間の経過とともに溶けた」そうです。で、できたすきまにばい菌が繁殖して膿んでしまったというのです。「ボクだったらこんな材料は使わない!」と豪語する自信家の歯医者であった・・・

膿を取り除かなければいけないので細い針みたいなので神経を抜いた後に入れた材料を削り取るべくグリグリ、ピッ、グリグリ、ピッと繰り返します。針が貫通して膿のところまで行くとともに激痛!思わず歯医者をにらみつける私。「これを取り除かないと治療になりませんから・・・」と言われたがあまりに痛くて涙があふれる。(なんで麻酔してくれないんだろう) この歯医者は絶対に「Mだ!」と信じて疑わない私でした。で、その後なぜか歯石を取られてレーザー当てられた上にホワイトニングまでされた。???そんなの最後の日でいいじゃん!!ここって保険外治療が多くてやだ!一回行くと5000円札出しても小銭のお釣りしか来ない・・・。この歯の治療が終わったらもう、やめてやる!

2005・10・24

旦那のマイブームは横浜。彼は休みのたびに横浜を訪れています。何がそんなにいいのかよくわかりませんが私がガマ探しにあちこちへ行くのに比べれば普通なんでしょうね・・・。私は時々お供をします。付いて行けば電車賃もお食事代も払わなくていいのでラッキーです。そのかわり一万歩は軽く歩きます。それは体にもいいのでした。

横浜にはシルク博物館というのがあります。社会科見学にぴったりのところですから休日に二人で行ったらばお客は一人も居ませんでした。その日は別に行くつもりはなかったのですが建物の正面に掛けられたのぼりに「紬の世界?だかなんだか・・・」と書かれていて思わず入ってしまったのでした。
びっくりしたのは本物の蚕がいるんですよ!(生きてるやつが)孵化して一回脱皮したくらいの小さいのから、口から糸を吐き出している大きいのまで。紙で作られた仕切りの中に一匹ずつ蚕が入って自分の体を糸で隠していきます。途中で仕切りからお尻の方を外に出しておしっこするんです。終わるとまた仕切りの中に入って糸を本格的に吐き出します。おもわず笑ってしまいました。見ていて飽きないのでした。それから機織体験をしました。パッタンパッタンしばらくやってもなかなか進まない根気の要る作業です。職人になるのって大変だなぁと思いました。パッタンパッタンよりも縦糸を機械に架ける作業のほうが大変なんだそうです。田舎の一軒家にこもってパッタンパッタンの生活もいいな〜。(生活できるんなら)
反物が高価なわけだよな・・・。シルク博物館・とてもいい所でした。小学生みたいな感想文だな

2005・10・8

先月ちょこっと実家に帰ってきました。久しぶりだったけどゆっくりする間もなく甥っ子の子守でした。血縁って・・・・と思ってしまいました。つまりかわいいんですね。よその子だったら許せなくても少しでも血がつながっていれば許せちゃう。それでも24時間いっしょにいるのはごめんだと思いましたけど。すごくつかれます。私の母は毎日子守です。おかげでよく眠れるって言ってます。そうでしょう、あれだけ振り回されたら。親父はフラフラしてて家にいません。いい気なもんだ。で、帰ってきてからの私はまたゲーセンに通うようになりました。でも、ゲットするのは子供が喜びそうな物だけ。いい景品そろえてね〜ゲーセンの人!

しばらく、やる気が起きないモードに入っていた。あんなに好きだったテニスもサークルに気に入らないやつがいるだけで行くのが嫌になってしまう・・・。上達が見られない中国語は止めたくなるし・・・いっそのこと止めてしまえばと思いつつもそんなことで止めたくないという自分がいたりして・・・。で、休んじゃえ!というふうに決めたら楽になった。考え方がいつも「極論だ!」といわれる私にしては柔軟かな?

ケータイを新しくした。前の飽きちゃったからだけど。申し込み用紙に記入していたら店のオヤジが私の生年月日を見て「ふたご座ですか」とか「午年ですね」とか言ってくる。ラジカルな性格なんですよね〜、この生まれの人って・・・と言われたけどラジカルの意味がわからなくて「そうですかねぇ」と適当に相槌を打った。帰ってから辞書を引いて「激しい」とか書かれていて「そうかな〜」と納得いかなかった。気は短いけどね。

2005・9・4

テレビが壊れました。脇を見ると91年製。14年間ご苦労様でした。結婚するより以前から旦那の部屋にあって、結婚後は洋間で時々スイッチを入れられていたTVだったのですが、私がスカパーに加入してからは家にいる限りつけっぱなしだったので老TVは鞭を打たれたあげく再起不能になってしまったのでした。とはいえまったく見えなくなったのではなく下半分だけ映るのでした。それもちょうど「大江戸捜査網」を見ている時でそのうえクライマックスの38分頃!(スカパーはコマーシャルが入らないので45分番組なのです)かーっ!!いきなり画面が半分になって何がなんだかわからない!新しいの買ってもらえるって言ったって2日間スカパー見れなかった・・・。おまけに予算の都合で今度のTVはパソコン画面より小さい液晶13インチ。ま、それは納得していても付属のケーブルが家のと合わなくて近所の「オリンピック」まで部品を買いに行ってTV売り場を見たら私が「ドンキホーテ」で買ったよりさらに2000円安い!がーっ!!部品を買って取り付けたらまた合わない!たとえるなら凸と凸とでも言いましょうか・・・。再度オリンピックで部品を買ってようやく見ることができました。は〜、つかれた。

何より一番頭にきたのは「家電リサイクル法」なのだ!TV捨てるのに5〜6000円かかるんだから!!もう、びっくり!量販店で安いのを探しても結局得した気がしない・・・。「ドンキホーテ」で頼んでもすぐには引き取ってもらえないって言うから役所へ自分で連絡することにしたのですが日曜日(今日)に家の周りを不用品引取りの車が回ってきたのでこれ幸いと走る車をとっ捕まえて3000円で引き取ってもらいました。いくら不法投棄が増えているからとはいえこんな法律本当に機能するのかなぁ。TV引き取ってくれたおじさんも「量販店が業者に支払ってるかどうかは本当のところわからない」などと言ってるからなぁ。これで地上波でTVが見れなくなったらまたお金がかかるの?も〜〜。

2005・8・18

会社の夏休みが10日間。これを利用してよく行く骨董屋のお手伝いをしました。着物の整理です。買い取るだけ買い取って2年間そのままの着物の山を見たとたんに「引き受けるんじゃなかったかな〜」と、軽い後悔。でも、元来着物が好きなので一枚一枚見ながら分別していくのはそれはそれで楽しい。すばらしい着物は見ているだけで目の保養になります。もっともそうでないものの方が明らかに多いけど。今ではあまり見かけないずっしりと重量のある丸帯(幅広に織って二つに折りたたんだ袋帯)や、有名産地の紬、絣・・・・・。袴もあって、本を見ながら初めてたたみました。いいなぁ、着物って。

3日間の力仕事でお小遣いをいただいてニコニコの私でした。(パートタイマーには長期の休みは即収入減だもんで)自分の家の要らない着物は引き取ってもらったし、片付けながら目をつけてた反物も1000円でゲットしたし〜。くそ暑い中クーラーの無いお店で汗を流しながらの作業も報われます。二日目で地震が来たときはちょっと焦りました。陶器、磁器、置物がいっぱいあるからもしくずれでもしたら、こわい・・・のと、店主が地震と同時にぶつぶつ呪文を唱えだして「えーっ、何?こわい」・・・・(^^;)

私がいた3日間でお客はあまり来ませんでした。例年にない不景気だそうで・・・。おまけにお盆明けなのでみんな有り金使ってしまってお金なんてないだろう・・・という店主のお言葉。もっともだ。毎日やってきて同じ話をしていくオヤジとか変なもの売りに来る人とか、こんなもの買ってどうするのって言う客とか、結構変わり者ばっかり・・・。私はどっかの店番をするのが将来の夢?なのですがどんな客が来るかわからないので店番も大変だな〜と思いました。お客だと思えば邪険にできないし・・・短気な私には勤まりそうにないな。

2005・8・7 昨日午前11時から2時間テニス。炎天下の中4人しかいなくてけっこうハードだった。前回気持ち悪くなったので今回は保冷剤をいっぱい持参して首や頭を冷やしながらテニスしました。この日のメインは板橋花火大会だったので始まるまでの時間つぶしに「餃子の王将」というところへ行って昼間のビールを一杯。それからスーパーで花火のとき用のおつまみとビールなどをしこたま買い込んで河川敷までえっちらおっちら暑い中を歩きました。あらかじめ場所は確保してもらっていたので到着後花火開始時間までまた飲食。とてもいい場所で花火を堪能できました。こんなにきれいだったのは生まれて初めてかもしれません!問題なのは帰りでした。交通機関がある意味麻痺状態・・・。どこへいっても長蛇の列。これってなんとかならないのかな〜。花火の余韻が消えてしまうくらいに疲れます。2次会へ行こうにも身動きが取れません。結局2次会はやめて車で来ていた人に沿線の駅まで送ってもらって帰りました。その電車も朝のラッシュ並みに混雑してました。
花火はよかったんだけどなぁ〜。
2005・7・16 今日は久々のテニス。しかし全然運動らしいことも散歩もしていなかったので体力はがた落ち。2時間のつもりが1時間も持たない。なさけない・・・。帰りには巣鴨にできた温泉施設に行くつもりだったのでさっさと帰ってきてしまいました。「SAKURA」というところです。ラクーアとおなじ泉質でしょっぱいです。先月オープンなのできれいだし、宣伝がいまいちなせいかお客もまばら。もう少しぬるければなおいいけど、まあまあ○。行きは歩いて行って、帰りは送迎バスで巣鴨まで行きました。バスの出発時刻と同時に店を出たらすでに発車してしまって、走って追いかけました。バスの誘導係ってば私に気がついているのに車を止めてくれない。ニコニコ笑って「今なら間に合いますよ」だって。思わずぶん殴りたくなりましたが乗り遅れると次は20分後なので走りました。汗をかきたくないからバスに乗ろうとしたのに走って汗をかいてしまった・・・。次回行くかどうかは微妙。1200円也。
2005・7・10

打撲後(事情を知りたい方は番外編を読んでね!)初めて出かけました。青木ヶ原樹海です。ずっと前から行ってみたくてたまらなかったところです。自分の死に場所はここしかないと思っていたもんですから。背の高い木はたくさんの葉を蓄え上空を覆い、足元には緑の苔むす・・・といった昼でも静かで薄ぐら〜い不思議な空間でした。歩いても歩いても景色が変わらないのでどのくらい歩いたかというのは途中で見る目印の看板だけ。

道は作られているのでその通りに歩けば迷子になることはありません。苔を守るためにもコースアウトは御法度!ツアーガイドがいなかったら好き勝手なところへ行って今頃ここにはいられなかったかもしれません。ガイドによると岩石に鉄分が入っているため方位磁石が使い物にならないというのもいいですね〜。おとなしくしてたのに気をよくしたガイドさん、普段行かないコースへ行ってくれちゃいました。鎖が渡されていて「通れません」マークだと思うのですがそこをくぐって歩きました。草ぼうぼう・・・。おもしろかったけど。予定表では4時に終わる行程なのにガイドさんあせってて2時半にすべて終わったのでした。もう、くたくた。修験者じゃないんだよ!その後すぐに雨が降ってきたのでまあ、これでよかったのかな。今回ガイド1人に旦那と私の2人だけ。途中ですれ違った団体はガイドが何人も引き連れていたのにコノ違いは一体・・・。(JRのツアーでした)早く終わったので前に行ったハーブ館の近くの日帰り温泉につかっちゃいました。ここ、湯加減がぬるいから好き!

年をとって人の世話になるくらいなら足腰の立つうちに樹海へ行って自分の人生を終わらせるつもりだったけど気に入って何回も訪れたらネイチャーガイドになってしまいそう・・・。な、くらいにいいところでした。

行き方:高速バスで新宿〜河口湖まで片道1700円、元気な人はそこから歩いて樹海入り口まで行ってもいいです。周遊バス一日券1000円だったかな。いろんなところで乗り降りできますが一時間に一本しかないよ! :JRのツアーだったのですが待ち時間の長い電車に乗るのがいやになって帰りは勝手にバスで帰りました・・・チケットもったいないなぁ〜 そんな感じですので行くなら高速バスをお勧めします。樹海のガイドはコウモリ穴っていうところで申し込めばその日に案内してもらえます。

2005.5.24

中国語の勉強にノートは欠かせません。我が家は旦那が昔、文具メーカーに勤めていたのでなぜか?そういう類のものはたくさんあります。(別に横領したわけではないと思うけど)そんなわけで家にあるノートを使っています。中には数ページ使ってそれっきりなんてのもあるので要らないところは破いて使います。今使っているノートもそれでした。夕べなにげなく後ろのページをめくったら何か書いてあるんです。「?」と思って見てみたら旦那の汚い字でいろいろなメモが書いてありました。音楽のタイトルやラブレターの下書きらしきもの・・・・・。もちろん宛名は私の名前ではありません。「うわ〜、やなもの見ちゃったなぁ〜」と思いながらも気持ちは複雑。嫉妬とは違うと思うけど自分も下書きと同じ内容の手紙をもらったような覚えがあるので前の彼女もきっと怒りっぽい人だったのかなぁ〜とか・・・。メモに書いてある音楽のタイトルは暗に結婚を匂わせるようなタイトルばかりで「きっとこの人と結婚したかったんだろうな〜」とか・・・。なんか私でごめんね!って感じです。

納得がいかないといえば女が変わっても行動パターンは全部いっしょなんだなぁ・・・と。もっとも私が知ってしまったことは彼は知らないわけだから何も考えることないんだろうけど。きっと私と別れて新しく女の人と付き合うときもこの人はまた似たような手紙を贈り、私にもしたように好きな音楽を吹き込んだ(今ならCDに焼くのかな)テープを贈るんだろうな・・・。

次の日の朝(今朝)旦那の夢に私が出てきたそうです。ライターで火遊びしている私は火柱を家の天井まで上げて火事を起こしたそうです。(^^;)それを自分が消火器で消したっていうのです。「おや、そーかぃ!」といって聞き流しましたが、やはりヤキモチが彼に見させた夢だったんでしょうかねぇ・・・?ノートのメモはどうしようかな〜と思ったのですが破って捨てました。要らないところは破いて使えばいいんですから。

2005・5・10

ようやく花粉の飛散が納まったようで・・・よかった。

こんな話を聞きました。あるカップルがおりました。一年ほどお付き合いをして結婚しました。が、2週間で別れました。ただし、入籍はしていなかったので戸籍はお互いに汚れませんでした。ここまでは割りと良くある話かな・・・と。しかし話はそれだけでは済みませんでした。女性から男性に慰謝料の請求がありました。それも長年連れ添っててもそんなにもらえないだろう・・・という金額。納得のいかない男性は裁判沙汰になってもいいと思っていましたが、女性はそれはいやだという。双方弁護士を立てて話し合いで結局男性は請求額の半分を女性に支払いました。「え〜!」と私でも納得いかないけれど日本の裁判は女性に有利なんだそうです。(本当かなぁ〜)

ドラマの見すぎの私としては単に男性は詐欺に遭ったんじゃないの?と思わずにはいられませんでした。慰謝料請求までの手際のよさから『前にもやってんじゃないの?』とか、『はじめからそのつもりだから入籍しなかったんじゃないの?』とか。招待客が異様に少なかったから『全員エキストラじゃないの?』とか『女性の自宅には行ってないみたいだから・・・・』、『有名大学の法学部卒だから法律には詳しいよなぁ、きっと・・・』怪しんだらきりがない・・・・

男性はお金と結婚指輪とダイヤモンドの婚約指輪と新居にかかった費用と・・・散財ですね。
女性はなんか損したんでしょうか?最もこの話は男性の言い分なのでなんともいえませんが。

職場で知り合っているのでお互いまだ同じ会社にいるそうです。あーやだやだ!

2005・4・8

桜満開!!花粉全開!!いいんだかわるいんだかわからない今の時期・・・・薬を飲んでいないのに一日中眠くてしかたがない。また、寝ててきもちいい。なるべく外に出たくないけどしがらみがあったりしてしぶしぶ出かける。まあ、そんなんだからたいして楽しくもなく・・・。時間が過ぎていくのは惜しいけど今の時期は早く去って欲しい。なんとかならないもんかなぁ。でも、薬を飲むのはいやだし、鼻の中をレーザーで焼くのもいや!

夕べは花見に行きました。多分私が「花見に行きたい」と今年に入ってから言っていたんだろうなぁ〜。桜の時期になると外に出たくなくなることなんか忘れてそう言ったんだろうと思うけど、言われたほうは一生懸命企画を立てて私を喜ばせようと必死。かわいそうになってしまう・・・。

豊島園が桜祭りで園を無料開放しています。(乗り物は別)ちょうど見ごろで夜桜はきれいでした。隣接している温泉に初めて行きました。平日なので?すいててよかったです。それほど古い施設ではないはずなのに妙に古臭くて「どうして?」と思ったのですが最近のいろいろな施設に比べると多分お金かけてないんだろうなぁ。泉質はラクーアと同じみたいですが年齢層は高いです。どうせ見るなら若い子の裸みたいもんな〜。ばーさんのじゃなぁ・・・(^^)

2005・3・11 2月からスカパーに加入しました。大好きな時代劇と中国語を勉強するのに役に立つかな〜と思ったので。放送大学が受信できるのであとはテキストを買うだけ。CCTV(中国のTV)も見れるのでいいかなぁ〜(ただし何を言ってるのかはわかりません)
時代劇チャンネルの2月は「由美かおる祭り」でいっぱい見れました。今月は祭りはないみたい・・・。「江戸を斬る」、「大江戸捜査網」、「鬼平犯科帳」とうれしいラインナップ!!!「暴れん坊将軍」は10チャンとダブるので見てません。昔の時代劇はおもしろかったなぁ〜としみじみ思います。
2005.1.28

2004年はHPの更新をほとんどしませんでした。面倒だったからなのですが・・・・。2005年はなんとかしようかな〜と思いつつもやはり更新しないかもしれません。もう、情熱がありません。

そんな中、年明けにあったことを書き留めておきましょう。


先週祖父が亡くなりました。彼の人生は時代に翻弄されたものでした。終戦間近の頃、十代後半だった彼には婚約者がいました。ところが彼の兄が戦地で死んでしまいました。彼は家を継ぐことになりました。それは兄嫁と結婚するということでもありました。当然婚約は破棄です。
二十歳にして十歳も年上の嫁をもらい、二人の姉妹の父親となりました。姉妹の姉のほうが私の母です。
後を継いだものの当時の彼には仕事も収入もない状態でした。大工の見習いにはお給料は出ませんでした。配給と農家だった妻の実家からの援助でしのいだそうです。
これらはすべて彼の意思ではなくいわば運命とでもいいましょうか・・・・。納得が行くとかいかないの問題ではありません。選択の余地もないのですから。

ないない尽くしのところでおおらかな気持ちなどもてるわけもなく、度を越えたしつけに姉妹は継父にいぢめられたという記憶をもって成長して、大人になっても彼を怨んでいました。しかし当時は女郎として売られていくような女の子もいたそうなので、そういう家に比べればましと思って我慢したそうです。その後娘が三人産まれて七人家族となりました。

母の恨み言を比較的小さいうちから聞かされていた私は当然祖父に親しみをもてるわけもなく、またかわいがってもらった記憶もないものですから葬式でも泣くこともありませんでした。第一に祖父とまともに会話をした記憶もないのですから・・・。

数年前に癌が見つかったのですがすでに手遅れで、余命半年と言われていたのですがそれから一年以上がんばりました。最後のひと月は病院で過ごしました。私の母は孫の世話と称して見舞いには行っても看病はしませんでしたが、母のすぐ下の妹と田舎にいる二人の妹達は交代で看病しました。
母のすぐ下の妹が看病しているとき、看護婦さんに「今日は何番目の娘さんですか?」と訊ねられた祖父は「それは自分の娘ではなく兄の娘だ」と言ったそうです。いくら病気でもそんなこと普通いわないだろうに、最後には本音がでるのでしょうか?それともずっとそう思っていたのでしょうか。叔母は落胆したそうです。

父親を求めた娘と、最後に娘と認めなかった男の複雑な心理が見えます。

お葬式の前に家に戻ってきた祖父はみんなに旅支度をしてもらいました。隣の部屋には自分の二人目の夫が亡くなった事もわからずに寝息を立てている祖母がいます。彼女はきっと『今日は騒がしいなぁ〜』と思ったことでしょう。片田舎にあった戦争被害者たちのノンフィクションでした・・・。

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