− 「雪冤−島田事件」−赤堀政夫はいかに殺人犯にされたか −
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〔二〕佐野久子の捜索
 
 若い男について幼稚園から出て行ってしまった佐野久子は、お昼を過ぎても家に帰って
こなかった。そこで、母親の佐野すゞは幼稚園へ探しに行くが、「出番になっても本人が
居ないので、早速近所をさがしてみましたが、何処にも居ないのです。その頃は、もう午
後3時頃になっておりました。私も、その頃から何となく胸さわぎがしておりました。そ
れから間もなく、豆腐屋の長谷川ムツミさんと会いました。私は、何処かで久子を見かけ
ないものかと思って尋ねてみたのです。すると、久子ちゃんと何処かの男の人と一緒に歩
いていたのを見たと、言うのです。私は、この事を聞いて誘拐された、と直感しました。
それから直ぐに警察に届けました」(33・10・31第二審第一回公判)というのが、この時
の状況である。
 この島田事件の裁判では、佐野久子の捜索状況について、このようにごく簡単に触れて
いるだけなので、当時の捜査記録や新聞報道で、久子が連れ出された状況についてどれだ
けのことを掴んでいたのか、とりあえず、当時の資料から拾ってみることにしよう。
 まず、当時の捜査記録中、三月十日の『報告書』は、次のように述べている。

『報告書』
 昭和二十九年三月十日午後五時頃本職が当直勤務中公衆電話より島田市幸町○○番地
青果業 佐野すゞより 長女久子当七年(人相丈三尺二、三寸位丸顔オカッパで両側に少
しパーマをかけている着衣はグリーン色ワンピースに靴下を穿いている)が午前十一時頃
より午後0時頃迄の間に、島田市幸町快林寺境内に於いて丈五尺一、二寸位、年齢三十年
前後、面長、色浅黒く頭髪長い、黒又はネズミ色の上衣、同様ズボン及び靴を穿いた一見
土方風の見知らぬ男と一緒に、本通り三丁目かね万酒店東側小路を本通りに向け歩いてい
るのを見たと、島田市大津通り 長谷川睦当十八年より話が有り探して見たが見当たらず
夕方になるも帰って来ない為其の男に誘拐されたのではないかと思われるので捜査願いた
いと言う連絡が有りましたから報告致します。
   昭和二十九年三月十日      島田市警察署 司法巡査 大村辰夫
島田市警察署長 司法警察員 警視 鈴木喜代平殿

 また、三月十一日に作成された『告訴調書』は、三月十日の事件発生当日の状況を次の
ように伝えている。

『告訴調書』
         住所 島田市幸町○○○○の○
         職業 青果物商 氏名 佐野すゞ 当○歳(満○歳)
 
右の者昭和二十九年三月十一日午前十時三十分供述人方において本職に対し誘拐被疑事件
につき左の通り供述して告訴した。
一、私は只今申し上げた 佐野すゞであります、昨、昼 島田中央幼稚園から知らない人
に誘拐された佐野久子 満六年 は私の実子であります。中央幼稚園は私方の東南約一丁
位しかありませんが、昨日は遊戯の日であったのですが、久子は午後三時頃の劇へ出る事
になっていたので家で遊んでいました。
 午前十一時半頃の事ですが私が店で仕事をしていますと、久子が表から私の処へ来て、
幼稚園へ劇を見に行ってくる、と申しました。私は丁度昼食前でありましたし、午後の劇
へ久子が出る関係もあったので、昼御飯に来た折り御化粧をしてやるから早く帰っておい
で、と云ふと、すぐ来るよ、と返事をして幼稚園の方へ行きました。─以下略─
二、私は久子が午後0時半頃になっても帰って参りませんので、幼稚園へ行って探しまし
たが見当たらず近所の友達の家を捜して見ましたがおりませんので、又、午後二時半頃、
幼稚園に戻りマイクで呼んで貰いましたがいなかったのであります。久子の出る劇は初ま
って仕舞いましたが久子はとうとう見当たらず私は仕方なく家に帰りましたが、今日南幼
稚園でも遊戯会だ相だからことによると友達と南幼稚園へでも行ったのかもしれぬ、と思
ったのです。それから私は止むを得ない用事で、電報電話局、税務署へ行き午後四時半に
帰宅致しました。私が家へ来るといつも私方へ為泉の豆腐を卸しに来る市内大井町、増沢
豆腐屋の小僧さんが集金に参り私に、久子ちゃんは今日親戚の人と映画を見に行ったか、
と聞きました。私は心当たりがないので、どこで会った、と聞き返すと、今日の十二時半
頃久子ちゃんが、年頃三十前後、頭髪を伸ばしたよごれたジャンバーを着た中背の男の人
と一緒に金万小路を南を向いて歩いていったので親戚の人に映画につれて行って貰ふのか
と思った、と申しました。私は其の様な人には全然心当たりもありませんし、誘拐された
と思って早速警察へ電話でおしらせ致した次第であります。
三、四、五、略。
六、只今考へて見るに久子をよそに連れて行く様な人は全然心当たりがなく又他人に恨ま
れて子供を連れ去られる様な心当たりもありません。私としては子供を誘拐してサーカス
にでも売る様な人が連れて行ったのではないかと思はれますが何にしても可愛い人の子供
を連れて行く様な人は世の中の為に厳重に処罰をして戴きたいと考へ告訴致します。
                               佐野すゞ
 右録取し読聞かせたところ相違ない旨申立て署名指印した。
 前同日   島田市警察書 司法警察員 警部 相田兵市

 というのが事件発生当初の警察の捜査記録であった。そして、事件発生は、翌日になっ
て次のように新聞で伝えられた。

29・3・11『中部日本新聞』朝刊
     幼稚園から連去る 島田誘カイされたと届出
【島田発】十日午後五時半ごろ島田市幸町青果商佐野輝男さん(37)の長女ひさ子ちゃん
(7っ)が同日午後零時ごろ同町内中央幼稚園で遊戯中(筆者注・遊戯中ではなく境内で
遊んでいた)、二十五、六歳、ネズミ色洋服を着た無帽、頭髪の長い男に駅まで行きまし
ょうと誘カイされたと島田市署へ届出た。ひさ子ちゃんは同日午後二時から同幼稚園で開
かれた卒業記念演芸会に出演することになっており、出演時間になっても見当たらないと
ころから大騒ぎとなったもの。同町佐野とうふ店(筆者注・増沢豆腐店の間違い)店員長
谷川睦君(17)は正午ごろひさ子ちゃんが前記男に連れられて行くのをみたといっている

 ひさ子ちゃんは緑のワンピースを着て頭髪はおカッパ。同署では直ちに国鉄捜査をはじ
めたが、島田駅出札掛の話によるとグリーンのオーバーを着て子供を背負った男が藤枝ま
での切符を買い、同駅十九時三十四分発上り一二八列車に乗車したといっているので、誘
カイ犯人ではないのかとみて同署では直ちに志太地区署と連絡、捜査をはじめた。
 ひさ子ちゃんと同じ幼稚園に通っている同町製粉業鈴木金平さん(48)の娘とし子ちゃ
ん(7っ)はひさ子ちゃんが誘カイされた当時の模様をつぎのように語っていた。
 正午ごろひさ子ちゃんと二人でオモチャ遊びをしていると知らないおじさんが来てはじ
め私に┌おいで、あちらへ行きましょう┌と誘ったが、私がいやだというとひさ子ちゃん
においでといっていた。ひさ子ちゃんはオモチャを私に預けてついていった。
 
29・3・11『静岡新聞』夕刊
     誘拐された久子ちゃん  島田の幼稚園から姿を消す
【島田発】島田市幸町青果物商佐野輝男さん(37)同すゞさんの長女佐野久子ちゃん(7
っ)は十日自宅から約百十・位はなれた島田中央幼稚園の卒業式の記念演芸会に出るため
晴着をつけ、喜んで出かけたが、午後二時過ぎ出番になったので、探したが見当たらず、
マイクで呼びかけても出て来ないので幼稚園側も不審を起し、園内を隈なく捜索したとこ
ろ全然影も見えないので、驚き、自宅に通報、大騒ぎとなり午後五時半頃、島田市署に捜
査方を願い出た。誘拐か、連行か奇怪な事件として島田市署が活動を開始したが、十一日
朝になっても依然、姿を現わさないが、当日の状況を聞くに、
 正午頃久子ちゃんと一緒にいた園児某の話では服装は覚えていないが廿五、六才の青年
 が久子ちゃんの傍へ来て何気なく呼んでそのままどこかへ連れ去った
といっておりさらに程近い本通筋付近では該青年と久子ちゃんが連れだってゆくのをたし
かにみたというものがあり、この挙動不審の青年に誘拐されたのではないかとみている。
久子ちゃんは利巧者で当日は緑色のワンピースを着、お母さんの下駄を穿いている。
     見当がつかぬ  なんの目的で誘拐したか
別項=佐野久子ちゃん(7っ)行方不明事件に関し、島田市署では十一日午前九時から捜
査会議を開いたが、誘拐されたということが最も濃厚であるが、それが果してどういう目
的のもとにやられたのか、見当がつかないので、全力で捜査に傾けるが、実に奇怪な事件
である。
◇母すずさんの話 お遊戯があるのでそれを朝のうち見るというのでおそくなってから家
を出ましてお昼もまだ食べておりません。小学校一年への入学が近づいたので本人も非常
に楽しんでいましたのにこんなことになろうとは思いませんでした。本当に心配で昨日か
らご飯も食べず、早く見つかってくれればよいと昨夕からそれのみ祈っています。
さらに中央幼稚園の受持門長先生は語る。「久子ちゃんは非常におりこうなはなやかなお
子さんで小柄ではありましたが毎日よく通っておりました。何とか早くみつかってくれれ
ばと皆祈っています」【写真は久子ちゃん】
     全県下に手配
なお島田市署は十一午前九時久子ちゃんの写真、人相などを県下各署ならびに鉄道公安室
に出して捜査協力を要請した。
 
29・3・11『中部日本新聞』夕刊
     ひさ子ちゃん帰らず  島田 誘かい事件手掛りなし
【島田発】既報=十日昼島田市幸町中央幼稚園の卒業記念演芸会の出番を待つうち行方不
明となり、誘かいされたとみられる同町青果商佐野輝男さん(37)の長女ひさ子ちゃん(
7っ)は十一日朝になっても探し求める父母のもとへはついに帰らなかった。届出により
島田市署は東海道線各駅へ手配、捜査しているが目下なんの手がかりもつ──以下判読で
きず。
     写真【帰らぬ主を待つひさ子ちゃんの木琴】
 
29・3・11『毎日新聞』夕刊
     久子ちゃん 誘かいさる  写真【久子ちゃん】
【焼津発】十日夜静岡県島田市署に同市幸町青果商佐野輝男さん(38)は長女久子ちゃん
(7っ)が同市中央幼稚園で遊戯中、二十五才くらいの青年に誘かいされたと届出た。同
署では沿線各駅に手配、また市内の捜査も行ったが何の手掛もない。
同署の調べによると久子ちゃんは、同日午前十一時半ごろ幼稚園で同市幸町製粉業の鈴木
金平さん(48)三女とし子ちゃん(7っ)とおもちゃ遊びをしていたところ、ネズミ色洋
服、二十五才くらいの青年がきて二人に『駅へ行こう』と誘ったがとし子ちゃんはいやと
断ったため久子ちゃん一人がついていったもので、同日午後零時半ごろ同市本通り三丁目
金万酒店前で久子ちゃんが前記青年と歩いているのを同市大井町豆腐業長谷川睦君(17)
が見ているが、その後の足取りはまったくわからない。久子ちゃんは、おかっぱ頭、身長
一・足らず、胸に白いレースのついたグリーンのワンピースを着て母親のゲタをはいてい
る。同家では誘かいされる心当りは全然ないといっているが(13字略)。

29・3・12『静岡民報』朝刊
   島田で幼女誘拐さる 若い男「自動車に乗せてやる」と
   きょうも大掛りに山狩り 列車に乗った事実なし
     誘拐原因は全く不明  当局、奇怪な事件と緊張
     知能テストもクラス一  性格も素直な久子ちゃん
 
29・3・12『静岡新聞』朝刊
     誘拐された久子ちゃん  怪青年の行方追求 きょう牧之原を山狩り
 
29・3・12『毎日新聞・静岡版』朝刊
     犯人は変質者か 久子ちゃん誘かい事件
     「山狩り」もむなし  『面識なし』『徒歩』『よそ者』
     きょうも山狩り続く  写真【無事を祈る佐野さん宅】
 
29・3・12『読売新聞』朝刊
     暴行、殺害のおそれ 誘かいされた久子ちゃん 写真【久子ちゃん】
十日昼ごろ島田市幸町青物商佐野輝男さん(37)は長女久子ちゃん(7っ)が同町快林寺
境内から二十五、六歳、五尺一、二寸、長髪、面長、色黒、ネズミ色背広姿の男に連れ去
られたと同日夕島田署に届出があり調査の結果、誘かいとみて十一日捜査を開始した。久
子ちゃんは同日幸町中央幼稚園の卒業記念演芸会に出演することになっており、それまで
隣の快林寺境内で同町製粉業鈴木金平さんの娘とし子ちゃん(7っ)と遊んでいたもので
男ははじめ『駅に遊びにいこう』ととし子ちゃんを誘ってことわられ、ついで久子ちゃん
を誘い久子ちゃんは持っていた人形などをとし子ちゃんに預けてついて行ったという。
 久子ちゃんはおカッパ頭、幼稚園の制服緑色ワンピースを着ており、同時刻ごろ近所の
 中野なつさんが島田駅前通りを若い男に連れられていくのを見た。
また同日午後一時ごろ同市横井町から榛原郡初倉村に通ずる大井川蓬莱橋を幼児を背負っ
た若い男が五円の橋銭を『帰りに払う』といって渡ったと橋番の鈴木鉄蔵さんが十一日島
田署に届出た。同署は直ちに榛原、大井川両地区署に連絡し捜査している。
 なお犯人は五円の橋銭もない点からみて遠くへは行かず初倉村付近に潜伏しているもの
 とみて島田署は署員二十名を動員するほか島田市幸町民、同市青果同業組合員、初倉村
 民約百名の協力を得て三千町歩にわたる牧ノ原菜畑をシラミつぶしに捜査しているが、
 十一日夕刻まで手がかりなく暴行殺害のおそれもあるだけに心配されている。
 
29・3・12『静岡新聞』夕刊
     久子ちゃん、どこへ  牧の原まで捜査出動

29・3・13『静岡新聞』朝刊
     涙の捜査も空し  依然 見つからぬ久子ちゃん
     掛川に幼女連れの男  人違いで捜査隊帰る
 
29・3・13『読売新聞』朝刊
     友達も一しょに  久子ちゃん探し 島田の誘かい事件手がかりなし
     わからぬ犯行目的 幼稚園にふしぎな男 写真【安否をきづかう親族たち】
 
29・3・13『朝日新聞』朝刊・静岡版
     久子ちゃん捜査、行悩む  牧之原と大井川一体に数百人
     原因に両親  11日掛川町へ? 子連れの男が寄ったと届出
 
29・3・13『毎日新聞』朝刊・静岡版
     久子ちゃん誘かい事件 涙を誘う園児の参加 三百名の捜査隊むなし
     生存説と死亡説の論拠
 
29・3・13『静岡民報』朝刊
     55時間手がかりなし  どこへ行ったか久子ちゃん
     小さな心いためて  クラスメートも久子ちゃん探しに
     久子、どうか生きていて 胸うつ両親の祈り
 
29・3・13『中部日本新聞』朝刊
     ひさ子ちゃーん!  牧の原茶園をしらみつぶし 【写真は牧の原茶園の山小
     屋捜査】
 
 ところが、佐野久子は、事件発生から三日後の三月十三日午前九時四十分、当時の島田
市に隣接する榛原郡初倉村坂本沼伏原四九二五番地の山林(大井川にかかる有料橋、通称
「蓬莱橋」をわたり、地獄沢を右手に入った山の中)において、半ば裸にされ、他殺体と
なって発見された。この事実は、当時の警察の死体発見に関する捜査報告書にも記録され
ている。
   
昭和二十九年三月十三日
 島田市警察署長 警視 鈴木喜代平殿
                         島田市警察署 巡査 鈴木茂男
 
                死体発見について
 
本日午前十一時三十分頃 島田市幸町中央幼稚園内より誘拐されたる被害者 島田市幸町
○○○○の○ 佐野久子 七年につき捜索中の処死体となって発見され、その状況左記の
  通りであるから御報告致します。
 
                   記
 
一、発見日時 昭和二十九年三月十三日午前九時四十分頃
二、発見場所 榛原郡初倉村権現原山林内
三、発見の状況 本日前記発見場所付近に於いて捜索中の処、雑木林に於いて頭を南位に
  向け、仰臥している前記被害者の死体を発見したものである。
 以上が、島田事件の発端である。
 

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