− 「雪冤−島田事件」−赤堀政夫はいかに殺人犯にされたか −
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〔三〕佐野久子死体で発見される
 
 三月十三日(土曜日)の午前九時四十分頃、大井川の地獄沢の山林内で、佐野久子が死
体となって発見された事実は、早速、その日の夕方に新聞で報道された。

29・3・13『中部日本新聞』夕刊(土曜日)
     誘拐少女、惨殺さる 島田で犯人は変質者? 写真【佐野ひさ子ちゃん】
     誘カイ少女、惨死体で発見 静岡榛原の山林で
     変質者?モンタージュ写真で捜査
【島田発】去る十日昼ごろ静岡県島田市中央幼稚園で卒業演芸会の出番を待っていた島田
市幸町青果商佐野輝男さん(37)の長女ひさ子ちゃん(7っ)が突然行方不明となり、肉
親、関係者が八方手を尽したが行方がわからず、島田市署は卅歳くらい、土工風の男が誘
ったという手がかりを得て連日付近一体を大がかりな山狩りを行った結果、誘かい後四日
目の十三日午前九時四十五分ごろ静岡県榛原郡初倉村地内の通称地獄沢山中で市消防団捜
査隊員土田鏘治君(24)らによって無残な絞殺暴行死体となったひさ子ちゃんが発見され
た。
現場は大井川蓬莱橋を島田市岸から初倉村岸へ渡りついた通称地獄沢の山中で蓬莱橋のタ
モトから約二百五十・、大井川河原から約百二十・、小高い山のクマザサの茂った薄暗い
ところ。ひさ子ちゃんは山頂へ頭を向け仰向けになってハダ着はぬがされシュミーズで顔
を覆われズロースだけで死んでいた。下腹部に裂傷を負い首は手で絞められたとみられる
生々しい充血の跡があった。左ほおにはカラスにえぐり取られたと思われる十円銅貨くら
いの穴があいているのも無残な姿だった。抵抗した形跡はなかったが目ジリには泣いたあ
との涙が幾筋か跡をひいていた。
 急報を受けたひさ子ちゃんの家族たちは現場にかけつけ、わが子の余りにも変りはてた
 姿を見た母親すずさん(28)はひさ子ちゃんといったままその場に泣きくずれ人々
 の胸を打った。
島田市署捜査本部は十三日国警静岡県本部鑑識課鈴木技官の応援を得て死体解剖を行う一
方、犯人捜査を開始したが死体発見の寸前、午前九時ごろ現場付近の山から隣の山へ歩い
てゆく男をみたとの届出もあり足取りを追っているが変質者の犯行とみている。殺された
時間と死因は解剖を待ってからでないとわからないがひさ子ちゃんの衣類がぬれていない
ところからみて殺害されたのは十二日朝とみている。また誘カイ後蓬莱橋まで連れてゆか
れるところを見たものが数名あり、十三日午後三時からその人達を集めてモンタージュ写
真をつくることになった。
     写真【ひさ子ちゃんの死体発見現場=×印】【ひさ子ちゃん】
 
29・3・13『静岡新聞』夕刊
     惨谷口原の密林中に 半裸体の死骸発見 殺人鬼の手にかかった久子ちゃん
【島田発】既報=島田市署では去る十日発生した同市幸町、青果商佐野輝男さんの長女久
子(7っ)ちゃんが島田中央幼稚園から誘拐され姿を消した怪事件について、十一日以来
全署員を動員、更に消防団員も協力、被害者の近隣、町内青果商組合員、幼稚園関係者な
ど総動員で市内はもとより榛原郡牧の原一帯の捜査陣を張ったが十二日まで全然発見され
ず、同署では誘拐犯人の足取りの聞込み捜査に努力を続けていたところ、十三日朝に至り
谷口原方面で犯人らしい男を発見したとの聞き込みからスワとばかり署長、消防団員、町
内会員ら二百五十名が同方面に出動捜査中午前九時五十分ごろ捜査隊に加わった島田市消
防団第二分団員が榛原郡初倉村谷口原の密林で久子ちゃんの物らしいシャツを発見、これ
に勢いを得た第六分団員が更に密林中へ分け入ったところ茨の中にみるも無残な死体とな
った久子ちゃんを同分団土屋将治(筆者注・土田鏘治の誤り)さん(26)=島田市旭町=
が発見した。
     両手で絞めたあと 犯人はまだ付近に潜伏か
別項=久子ちゃんの死体発見の場所は榛原郡初倉村矢口原地内土砂止め保安林六十五号小
松林の中で小笹やバラで覆われた全く人跡のない大井川蓬莱橋から約三百・西方で、死体
は卅度の角度で頭の方を高く咽喉部を両手で締められた形跡があり、下腹部から血が流れ
出し左の頬に大きな傷跡があるが死因究明のため県国警本部鑑識課から鈴木技官の来島を
待って解剖に付すことになった。【写真は変わり果てた久子ちゃんの死体】
この死体発見によって痴漢の残虐行為であることが判り犯人は付近に滞在している形跡が
あるので島田市署は隣接の志太、榛原、大井川三地区署の協力を求め現場会議を開き、さ
らに島田市及び初倉村消防団が参加して谷口原から権現原一帯を包囲して厳重に捜査を開
始した。
なお死体発見の報に駆けつけた母のすずさんは変わりはてたわが子の姿に泣き伏し、並み
いる人達ももらい泣きし刑事たちに「この仇は必ず取って上げます」と励まされ涙ながら
に家路に帰った。
     犯人の足取り 大井川地獄沢で消えていた
別項=久子ちゃんの死体が発見されるまでに島田市署の聞込みによる犯人の足取りは次の
通りである。・中央幼稚園の園庭である同市快林寺境内から本通り三、四丁目境へ出て本
通り三丁目から島田駅へ向った。
・ここから横井町の東海パルプの横井工場傍らの大井川端へ出て一応大井川原方面へ歩い
たが途中引返した。
・かくて大井川堤防を横井地先と榛原郡初倉村湯日間に架してある蓬莱橋(通称地獄沢)
を「橋銭は帰りに支払う」といって渡った。
・誘拐犯人は年齢廿五、六才から卅才位まで、身体は小柄の方で色黒く土工風、ゴム長を
はいて頭髪は長く、久子ちゃんを背負って歩いていたのを見た人がある。
同市署ではこの聞き込みを基礎として早くも犯人割出しに着手した。
 
29・3・13『毎日新聞』夕刊
     久子ちゃん死体で発見 変態男の犯行? 写真【久子ちゃん】
【焼津発】既報=静岡県島田市幸町青果商佐野輝男さん長女久子ちゃん(7っ)の誘かい
事件は島田市署に捜査本部をおき地元消防団、町内会など約三百名が出動、榛原郡初倉村
を中心とした牧之原一帯、大井川両岸の山狩捜査を行ったが、十三日午前十時初倉村湯日
地内山林で死体となって発見された。
同署では直ちに誘かい殺人事件として犯人捜査に乗り出した。現在のところ犯人の足取り
は島田市横井町地内から榛原郡初倉村湯日にかかる蓬莱橋を渡ったところで不明となって
いるが、大体犯人は十日久子ちゃんを誘かい、その足で牧之原に直行、現場で殺害し逃走
したものとみられる。
現場付近で犯人が手ぬぐいでほおかむりしてみなにまじって久子ちゃんの死体をみていた
という情報に直ちに現場付近を包囲一せいに山狩りをしており、犯人逮捕は時間の問題と
なった。久子ちゃんは半裸体のところから変質者の少女誘かいとみられる。

29・3・14『朝日新聞』朝刊
     殺されていた久子ちゃん 死骸のヤブで発見 見るも無残な姿で
     おとなしく音楽好き 幼稚園の先生が語る久子ちゃん
     犯人の足どり 島田市署調べ 犯行は十日の夕方 六署と消防団が山狩り
     写真【死体の見つかったヤブの現場(×印)と手前が地獄橋─右方は現場に分
     け入って検証している島田市署員たち、図版は犯人と久子ちゃんの足どり】
 
29・3・14『静岡民報』朝刊
     久子ちゃん死体で発見 無残素裸に暴行の跡
 【島田】=既報=誘かいされた島田市幸町青果商佐野輝男(38)さん長女久子(6っ)
 ちゃんは十三日午前九時四十五分ごろ榛原郡初倉村牧之原湯日地先の地獄橋から西方百
 五十米位い、地獄沢付近の松林の中で無惨な扼殺死体となって発見された。
 この日島田市署並びに榛原、大井川、志太三地区署のほか同市消防団百五十名と佐野さ
 んの同業者、隣人など計五百名が十数班に別れ、前日同様牧之原台地一帯と大井川両岸
 の捜索を行った。同日午前九時十分ごろ島田市署飯田巡査部長の指揮する捜査班が地獄
 橋付近の松林をぬって捜索中、桃色の子供用シャツが落ちているのを発見、さらに同所
 から西方五、六十米、地獄沢付近で同市消防団第六分団員土田鏘治(24)さん=同市旭
 町=が素裸になり、顔面を滅多打ちにされ、左胸部に打撲傷を負い、暴行を受け、仰向
 けになって死んでいる久子ちゃんを発見した。
同市署は強姦殺人事件として三署の合同捜査を開始するとともに消防団、民間人など約五
百名の応援で牧ノ原一帯を大掛りな犯人捜査の包囲網を敷き、捜査に強力な態勢を整えた
。さらに国警県本部金子刑事部長、佐野強力係長、鈴木鑑識技官、千羽同部長らの応援を
求め、同十一時半ごろ金子刑事部長ら一行は死体発見現場に到着捜査に加わった。
 死体発見の場所は殺人魔がほくそ笑むような松林と熊ササの覆い繁った山の傾斜面で
地獄沢という地名も久子ちゃんのむごたらしい亡がらをいたむ捜索隊員に強い憤まんを
抱かせていた。
 
     犯人、暴行目的の変質者? 解剖所見 殺害は十日夕刻
【島田】久子ちゃんの死体は発見現場付近の大井河原で鈴木技官が執刀、合同捜査本部と
近親者立会のもとに同日午後二時から解剖がおこなわれ同四時ごろ終った。解剖の結果に
よると犯行は死体の発見された現場でおこなわれたものとみられ死後五十五時間くらいを
経過している点から久子ちゃんが犯人におぶさって十日午後二時頃地獄橋を渡ったのち同
日夕刻頃暴行のうえ殺害されたことがわかった。結局死因は出血によるものと断定され、
犯人は暴行を目的とした変質者の犯行とみられ、ヒタイと左胸部の打撲傷は石で打たれた
もの、顔の傷は野ネズミにかじられたものであることも判明した。
 犯人は土地漢か色漢かの両説があるが、いままで浮かんだ容疑者八名は犯人を目撃した
中野なつ(68)さん=同市幸町、長谷川睦(17)君=同市大井町と橋番の鈴木鉄蔵(76)
さんらに面通してアリバイの裏付けをおこなった結果いずれもシロとなった。
このため犯人捜査はふりだしにもどったことから捜査本部は目撃者の話を総合、モンター
ジュ写真を作り駿遠六署の合同捜査を十三日夕刻から開始した。しかし、捜査の端緒とな
る聞込み足取りもその対象が希薄であることから捜査は難航をきわめており、犯人も高飛
び説と付近潜伏説の二つに分れている。
 また現場付近から久子ちゃんのはいて入った母親すずさんのゲタ一足とタオルのハンカ
 チ一枚モミクシャになった新聞紙が発見された。
     こんなムゴイことを──泣きくずれる保母さん
【島田】島田市幸町中央幼稚園塚本園長さんほか保母さん五名は十三日の朝牧ノ原へ久子
ちゃんを探しに入っていたが、死体が発見されたという報に現場にかけつけた一行はかわ
りはてた久子ちゃんの死体にとりすがり泣きくずれた。受持の門長さ江(19)さんは泣き
はらした両眼を押さえながら「本当にいい子だったのにこんなにムゴいことをして──ブ
レーメンの音楽劇に可愛い小鳥の役になって出る久子ちゃんだったのに─」と声をふるわ
せていた。
 久子ちゃんはブレーメンの音楽劇の中で仲の良いロバやイヌ、ネコと一しょに悪者をさ
 としてやる役をふりむけられていた。その久子ちゃん──不明──となったのだ。
佐野さん夫婦もただ一つの希望も消え果て、つかんでいたツナもフッツリ切れたという無
表情さでひっきりなしにクヤミに訪れる人たちに泣きはらした眼であいさつしていた。
     きょう悲しみの葬儀
【島田】久子ちゃんの遺体は解剖終了後の同午後三時半ころ佐野さん夫婦の待つ自宅に引
き取られた。同夜は家族の人たちをはじめ近親者や久子ちゃんの友だち数名が悲しみのう
ちにお通夜をおこなった。きょう十四日午後二時から自宅で葬儀がおこなわれる。
     現場付近に怪しい男
【島田】久子ちゃんの死体発見直後現場付近にホホかむりして茶色のジャンバーを着た廿
五才くらいの男がいたと同市幸町無職Y(実名)(68)さんが捜査本部に届け出た。同本
部ではただちにそのあやしい男を各捜索隊に手配した。一方同事件の容疑者として島田市
横井町の無職某(24)を十三日検挙取り調べたが、当日のアリバイがあった。
     島田の誘拐殺人犯か 父親から届出 九日、静岡に未遂事件
島田市の久子ちゃん誘カイ殺人事件の犯人と同一人相が静岡市にも現われ五才の幼女を誘
かいしようとして未遂になったことが父親の届出で判った。
去る九日午後零時ころ(久子ちゃんの誘かいされたのは十日)静岡市=S(実名)氏二女
みどり(5っ)ちゃん=同町安東幼稚園へ通園=が幼稚園の帰途廿七、八才、地下足袋の
男に呼びとめられ安東小学校を教えてちょうだい。教えたらきれいな花のあるところへ
連れていってあげると自転車の前部へ乗せられ安東小学校前まで連れていかれたところ
折よく自転車で通りかかったみどりちゃんの姉早苗(11)ちゃんが発見、連れ戻した。
 この男はニ七、八才、五尺一、二寸、中肉面長、日焼けした赤黒いひげを生やし汚れた
 ニッカズボンをはき一見土工風で久子ちゃんを誘かいした犯人の人相と似ているので十
 三日父親Sさんが静岡中央署へ届出た。同署では捜査本部へ連絡し誘かい未遂犯人の足
 どりを追っている。

 佐野久子が死体で発見されて、この日の現場検証は、午後一時四十分から午後三時五十
五分にかけて、消防団第六分団員の土田鏘治を検証の立会人にして行なわれた。以下、そ
の時の『検証調書』である。なお、この検証には、榛原地区警察署の警部補・小泉芳一と
巡査・山田正義の二人があたった。

     検証のてん末
第一 植田益蔵所有の榛原郡初倉村坂本沼伏原四九二五番地の山林の位置及び其の模様。
・ 現場は島田市西南を貫流する大井川に架設されたる木橋通称蓬莱橋の西岸を起点とす
 る位置より。
 付図第一葉に示す如く起点より道は左右に分岐され、左は沼伏原を経て初倉村同湯日並
 に金谷町に通じ車馬の交通は容易である。右は榛原郡初倉村坂本沼伏原大茶園に通ずる
 蛇行の作道巾約二米あり、徒歩以外車馬の交通は困難の急坂を約百参拾壱米を登れば道
 路の曲折の右側のところに静岡県の土砂杆止保安林第六十五号の標柱あり、其の標柱よ
 り付近一帯の松植林の傾斜面(約三十五度位)の地帯に入る。
 松林の手入れはなく雑木等密生しあり歩行は極めて困難と思われる。
  注(当時は既に該事件による被害者の捜査のため消防団員、近親者の出入のため踏み
    荒され一条の途なき道となり雑木の枝等を避け辛うじて殺害現場迄入る事が出来
    た)
・ 被害現場は前記第六十五号保安林の標柱より稍々横西方に約百七拾米にして山の中腹
 である被害現場に到達する事が出来る。
第二 被害現場の模様は前記松林続きであって地上壱丈壱尺位い、植林後十五、六年位い
経過した松の森林であった付近には、丈余の雑木並に大人丈を没する笹の密生してありて
付近一帯は歩行は極めて困難である。
 現場より北北西を望む島田市付近一帯及び大井川の流れは密生する松及び雑木の枝葉に
遮られ透視稍々困難であり、島田市方面のままにして左側は前記同様の松林であり、後方
即ち現場より山頂には約弍拾米位いにして沼伏原一帯の茶園の北端に到る。同茶園には耕
作者の雨滴を凌ぐ掘立小屋が無数に点在するも人家はない。
第三 被害の状況
・ 被害者の模様
 被害者は、島田市幸町○○ すゞの長女 島田市中央幼稚園児 佐野久子 昭和二十三
 年十一月二十四日(筆者注・二十二年十一月二十二日の誤り)生 満六年 であって松
 林雑木薮内に頭部を稍々南南東にして仰向けとなり殺害されて居る。天を覆う松及雑木
 の梢えの午後のこぼれる陽に散見され付近には虫の声なく(筆者注・三月の寒い時期に
 あたりまえのこと)凄惨を極めている。
  外部所見は両手を左右に稍々開き何れも両手親指を中に軽く握る如く見られる。
  右脚は膝にて挙げた如く曲り足先は小松の根元に踏み止めている。
  左脚は稍々垂直に伸し足先は雑木の根元に踏み止めている。
  胸腹部位及び両肢大腿部は露出して晒されている。
・ 頭部には格子縞のフランネル製ズロースを載せてありて鼻口及び口唇部が覗かれ右肩
 の位置に赤色毛糸製ジャケットを脱し丸めてあり首位には桃色毛糸製ジャケット白縞二
 線入りのものを捲り上げた如く巻きつけてあり、腰部には緑色化繊布製ワンピース(既
 製品と思われる)を両袖を脱してありて捲り上げされ巻き付いている。
  其の左肢の即ち左大腿部上に白木綿ズロースを脱し取り除きて載せてあり両肢は茶色
 靴下を穿き更に其の上に薄緑色のソックスを穿くも左肢は長靴下は足首部に下垂してい
 る。
 ここにおいて被害者の着用している前記衣類を取り除き検するに緑色ワンピースを開け
 れば前襟部より腰部迄むしり捌きある同品のまえポケット内より被害者が使用されたと
 思われるクレヨンの折弍ケと事務用のクリップ九個及び同品の裾裏側に若干の脱糞の付
 着していることが発見された。
・ 着衣
 (イ)木綿白子供用ズロース   壱枚
 (ロ)ネル子供使用ズロース   壱枚
 (ハ)化繊緑色子供用ワンピース 壱枚
 (ニ)桃色毛糸セーター     壱枚
 (ホ)赤色毛糸カーデーガー   壱枚
 (ヘ)白木綿ソックス      壱足
 (ト)綿茶色靴下        壱足
・ 身体各部につき検するに
  頭部は異常なくオカッパ髪であり自然に垂れ髪の先端は稍々パーマをしたと思われる
 カールした跡が見られ、乱れた頭髪には松葉が若干付着している。
・ 面部は眼は軽く眠り瞼を開ければ左眼は溢血点を認め右眼は尠(すくな)い。左の左
 鼻口に接し、共に大人の親指に人差指を輪にせる如き程度の陥没した動物の噛創と思わ
 れる浸食の跡があり傷創部は黄色の脂肪が散見された。左鼻口の破壊した穴内には淡赤
 色の膿汁を認め口は軽く開いている。
・ 頚部に柳葉状の擦過傷を認める。
・ 胸部の左乳下に若干の擦過傷あり。
・ 半開せる腰部中露出せる外陰部は開口され幼児の掌大の穴となり陰部より血液が大量
 に流出してあるを認めた。別添第四鳥瞰図に示した通り。
・ 尚被害者の肢体を起こし背部を検するに死斑を認め死体は硬直しあり、既に尠けかけ
 ていた。
・ 更に死体位置の地表を検すれば、其の跡は湿潤を見、杉割箸太さの長さ三十センチ大
 の(貧家樹)の生枝が壱本と被害者の用いた大人女物駒下駄壱足、セーター釦壱個が発
 見され、堆積腐食せる落葉に付着する流出した血液を発見した。
第四 証拠(ア)証拠物件
 一 前記被害者の着衣        七点
 二 大人女物駒下駄         壱足
 三 セーター釦           壱個
 四 クレヨン(但し使用したもの)  弍個
 五 事務用クリップ         九個
 六 現場流出の血液付着せる落葉   若干
 七 貧家樹             壱本
此の時本職は本事件の証拠品として立会人土田鏘治の許に押収した。
第五 犯行の模様
 犯人は被害者が同市幸町中央幼稚園内に午前十一時三十分頃遊んでいたものを言葉巧に
誘い出し前記山林内に連れ込んで強引に強姦の際頚部胸部陰部裂傷出血あり。殺害され屍
体は前記場所に遺棄し逃走したものと認められる。
第六 気象状況
 検証する時天気は晴であり風は稍々強かったが一貫して良好であった。
本検証の結果を明確にするため作成した現場鳥瞰図参葉及び榛原地区警察署鑑識係司法警
察員巡査山田正義が撮影した現場写真拾枚をそれぞれ本調書の末尾に添付した。

 ところで、赤堀政夫が犯行を自白したとされる調書には、この犯行現場へ至る状況を次
のようにふれている。

第四回供述調書(29・5・31相田兵市員調)
 私は橋を渡ると道が二つに分かれているのですが左手は人通りが多く具合が悪いので、
右側の細い道を上りました。細い道を登り初めると子供は、うちに行きたい、かあちゃん
とこへいきたいと言い出し初めましたが私は、すぐお家へ帰るでねー、とだましだまし坂
を登りました。坂の途中約三丁位上った所で私は、もうよいからここらで山の中に入りや
ろうと考え、右側の細いあるかないか判らぬ様な山道を二丁位入りました。道は余り大き
くない松の木と桧が生えていました。そして其の道から少し上へ昇りまして、松林に雑木
の生えた少し平な場所があったのでそこに子供を降しました。(傍線筆者)
 尚私は子供の履いていた駒下駄を落してはこまると思いぬがして坂の上り口から自分が
手に持ったのです。
第六回供述調書(29・6・2相田兵市員調)
 そして橋番の小屋にかかる前に又おぶいそのまま山の中の現場迄行ったのです。私は子
供をおぶう度毎に其の子の履いていた下駄を自分の手に持ったのです。
第十回供述調書(29・6・8相田兵市員調)
 蓬莱橋を渡って坂の入口にきた所、おうちへ行きたいよう、おかあちゃんとしくしく泣
き出したのです。私は困りましたがすぐおうちへおじちゃんが連れてくでね泣かんとおよ
しねと言ってだましたのです。坂の入口から現場までこの様な言葉をくり返しくり返し乍
ら歩いたのです。現場で子供をおろしたら子供はしょんぼりして大井川の方を向いていた
がここで前申した様に裸にしておまんこをやり暴れる子供を石でなぐり首をしめて殺した
のです。
第二回検事調書(29・6・13阿部太郎検調)
 橋を渡り終ると坂道になって居りますが二手に分れた左手の道は巾の広い道で人通りも
あると思い見られては工合(筆者注・具合?か)が悪いので右手の細い方の坂道をとって
上って行きました。此の山道を上って行く時背中の女の子は急にしくしく泣き出し、おじ
ちゃんおうちへ行きたい。お母ちゃんのとこへ行きたい。と何遍も云うので私は、直ぐお
うちへ行くからね。泣くのはよしなね、いい子だ、いい子だ。などとなだめすかしながら
約三町位歩いて行くと右手に細いあるかないか判らない様な山道があったので雑木のはえ
て居る所をくぐりぬける様にして約一町位行きました。
するとせまい場所ですがいくらか平になって居る様な場所があったのでそこへ女の子を
おろしました。其の辺は松の樹や雑木がはえて居り又笹などもはえていました。わたしと
女の子は其の場所へ並んで腰を下しました。

 赤堀政夫は、佐野久子をおんぶし続けて犯行現場へ至ったと、その時の状況を供述調書
では述べている。しかし、三月十三日に行なわれた現場検証の『検証調書』によると、犯
行現場へ至る道は「当時は既に該事件による被害者の捜査のため消防団員、近親者の出入
のため踏み荒され一条の途なき道となり雑木の枝等を避け辛うじて殺害現場迄入る事が出
来た」とあり、それ以外の場所は、「松林の手入れはなく雑木等密生しあり歩行は極めて
困難と思われる」と、当時の現場状況を説明している。
 そして、「被害現場の模様は前記松林続きであって地上壱丈壱尺位い、植林後十五、六
年位い経過した松の森林であった付近には、丈余の雑木並に大人丈を没する笹の密生して
ありて付近一帯は歩行は極めて困難である」状況にあったと述べているのである。
 つまり、犯人が蓬莱橋を渡って直ぐに、犯行現場に行ったものとして、赤堀政夫の供述
通りに久子を背負って入って行ったとしても、本来、道のようなものは存在しない薮の中
を木立とクマ笹などを分け入って、犯行現場へ入って行くのであるから、赤堀政夫も久子
も相当薮の木立や笹などに邪魔されて、木の枝などに当たりながら、難渋を極めて歩くこ
とになるのは、ちょっと山道から外れて山林に分け入ったことのある人なら経験するとこ
ろである。赤堀政夫は、この時、子供をおぶって、しかも手には久子の履いていた下駄を
持って歩いて行ったというのである。足を取られたり、転びそうになったりするのは、一
人で歩いていても何度となく経験することである。
 しかし、赤堀政夫の供述調書では、そうした体験には一切ふれておらず、犯行日とされ
る三月十日には存在しようのない極めて不思議な一本の道に導かれて、「山道があったの
で雑木のはえて居る所をくぐりぬける様にして」死体発見現場まで簡単に到達しているば
かりか、「すると狭い場所ですがいくらか平になって居る様な場所があったのでそこへ」
久子をおろしたというのである。この赤堀政夫の供述では、最初から久子をおろすのに丁
度よい空間が始めからあったとさえ受け取れる。
 けれど、三月十三日の犯行現場の検証図によると、久子の右足の足元には、松の木が一
本生えており、久子をこの場所に下ろす時にも随分邪魔になる存在なのである。しかも、
この松の木は、赤堀政夫にとっては、自分の体の直ぐ左脇にあり、久子殺害にいたる犯行
の最中に、赤堀政夫は、右足だけズボンを脱いだとあり、この時、赤堀政夫は、左膝と左
手だけで体重を支えていたことになる。そうすると、赤堀政夫は、自然この松の木に寄り
かかっていたことになる。そうしなければ体のバランスを崩して赤堀政夫は倒れそうにな
ってしまう。にもかかわらず、赤堀政夫の供述調書では、この松の木に寄りかかったこと
にふれてはいない。
 また、この松の木は、赤堀政夫の自供にいう犯行の最中に障害物となり、繰り返しその
存在を知らされることになる物体である。それにもかかわらず赤堀政夫は、佐野久子を殺
害した犯行現場にこの松の木があったという現場状況を、具体的に供述調書に述べていな
いのである。
 

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