− 「雪冤−島田事件」−赤堀政夫はいかに殺人犯にされたか −
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U 目撃証言と赤堀自白

〔七〕六月六日の面通し
  
 こうした新聞報道にさらされる状況にあった各目撃者が、警察に呼ばれて、赤堀政夫の
面通しをした時に、捜査官たちから何と言われてその場に臨んでいたのか、改めて目撃者
たちの法廷での証言に聞いて見ることにしよう。

田代いと(第二審第一回公判33・10・30)
問(杉本覚一検事)証人は二十九年六月に赤堀政夫がやったのだという事を知ったか。
答(田代いと)知りました。そして警察で赤堀がいるから見に来いとの事で一度警察え行
  きました。そして外にいる赤堀を部屋の中から硝子窓越しに見たのです。
問 その男は証人が快林寺で見た男と似ていたか。
答 私が警察で見た男は髪を刈っておりましたが、顔の輪かくと鼻の格好が似ておりまし
  た。
問 証人は二十九年六月六日警察で見た状況につき調べられ述べているが、その時述べた
  事は間違ないか。
答 間違ありません。
問(鈴木弁護人)証人が警察で男を見せられたのは一回丈か。
答 そうです。
問 警察の誰に会ったのか。
答 高砂町派出所の鈴木という人が警察にいてこの男をつかまえたが前に見た男と似てい
  るかどうか見て貰い度いと云っておりました。
問(杉本覚一検事)顔つきで特に気付いた点はなかったか。
答(田代いと)私は余りその人の顔を見て何か云われては困ると思ったのでただちらちら
  見た丈ですから良く覚えがないのです。

桜井ゆき(第二審第一回公判33・10・30)
問(杉本覚一検事)証人は昭和二十九年六月六日島田警察で容疑者として検挙された赤堀
  が証人の見た男と同一人かどうか見せられた事があったか。
答(桜井ゆき)ありました。私は部屋の内から外で巡査と雑談している人を見たのですが
  頭は坊主になっておりましたが似ていると思いました。
問 証人は男を見た時の状況につき三月二十日、六月一日、六月六日の三回警察で調べら
  れているがその時述べた事に間違ないか。
答 間違ありません。

鈴木鏡子(第二審第七回公判34・7・10)
問(子原一夫検事)何人位の人を見に行ったか。
答(鈴木鏡子)覚えていません。
問 母と見に行った事はないか。
答 覚えていません。
問 証人が見た男は久子を連れて行った人だったか。
答 今覚えていません。
問 ここに書いてある字は証人の書いたものか。
  この時後に提出する昭和二九年六月六日付証人に対する司法警察員の供述調書末尾の
  証人の署名を示す。
答 私の字です。
問 証人の見た男が髪の毛の様子は違うが久子を連れて行った男と同じだったという事を
  覚えていないか。
答 覚えておりません。

鈴木きん(第二審第七回公判34・7・10)
問(大蔵弁護人)鏡子と二人で警察え男の顔を見に行く時は警察から何と云われて行った
  のか。
答(鈴木きん)久子事件の容疑者が捕まったから見てくれと云われて行ったのです。
問 容疑者を見に行ったのはその時丈か。
答 鏡子は十回位行きました。私と鏡子と行ったのは一回丈です。
問 警察の何処で見たか。
答 刑事室で外にいた男を硝子越しに見ました。
問(子原一夫検事)証人はその時どうして鏡子と一緒に行ったのか。
答 その時は店が良かったので手がすいていたからついて行ったのです。

太田原松雄(第一審第九回公判31・3・22)
問(矢部孝裁判長)それからずっと後になってからの六月頃、又証人は警察へ行って、こ
  の、後にいる被告人の顔を見せられたことを覚えておるか。
この時裁判長は、被告人赤堀政夫を指示した。
答(太田原松雄)覚えております。
問 朝早く行ったのか。
答 朝早く行ったのは、その時一度だけです。
問 その時のことを聞くが、おばあさんと一緒に警察へ行ったのか。
答 そうです。
問 裏口から入って行ったのか。
答 そうです。
問 その時、久子ちゃんを連れて行った人と似た人が居ったかどうか。
答 居りました。

太田原ます子(第一審第三回公判29・9・17)
問(阿部太郎検察官)その後本年六月六日の日曜日に証人と松雄と一緒に島田の警察へい
  ったことがあるか。
答(太田原ます子)あります。
問 どういうことで行ったのか。
答 その時は「犯人の顔見せをするから、六月六日の朝六時までに来てくれ」ということ
  で二人で一緒に行った訳です。
問(鈴木主任弁護人)その後、犯人が捕まって顔見せということで松雄を警察に連れて行
  く時は、何と言って連れて行ったか。
答 「久子ちゃんを連れ去った犯人が捕まったからその顔見せに行く」ということを言っ
  て連れて行きました。
問 そうすると、松雄もその日久子ちゃん事件の犯人の顔見せに行くのだということは納
  得して出掛けた訳か。
答 そうです。
問 警察へ行ってから、犯人の顔を見せられる前に予め警察の人から「髪の毛も短くなっ
  たし色も黒くなったし、その当時と違うかも知れない」と言われたことはないか。
答 あの人だけれども髪は長さが違うと松雄は言いました。顔は似ているが髪が違うと言
  っておりました。
問 それは松雄がそう言ったのか。
答 そうです。

太田つや子(第二審第一回公判33・10・30)
問(杉本覚一検事)昭和二十九年六月に、犯人が捕まったからと云う事で、その人を見せ
  られた事があるか。
答(太田つや子)見せられました。
問 どの様にして、見せたのか。
答 部屋の中から、犯人と思われる人は、自転車置場の処で、他の人と、何か話をしてい
  る様子でしたが、その様な処を見せられました。
問 見た結果は、どうだったか。
答 たしかに似ていると思いました。違っていた点は、顔色が少し黒くなっていた事と、
  頭髪がなく、ボーズにしていた事だけです。
問 その件について、いろいろと尋問されているが、述べた事に間違いないか。
答 間違いありません。

中野ナツ(第一審第二回公判29・8・6)
問(阿部太郎検事)その後に又警察へ行って、その時見た男に違いないかと言って若い男
  を見せられたことがあるか。
答(中野ナツ)犯人が捕まったということを聞いてから二、三日目位に警察から呼びに来
  て、警察へ行った時、若い男を見せられ顔を合せました。
問 三月十日に女の子を連れて通ったその男と、警察で見せられたその男は同じであった
  か。
答 十日に見た時はその男は頭の毛を長くしておったが、警察で見た時には坊主刈りにし
  ておったし、顔は色黒くなっていたし、服装も違っていたのではっきりは判らなかっ
  たが、「そうでしょう」と答えました。尤も横顔は似ていると思いましたね。
問 警察で見せられたというのは、この被告人か。
この時検察官は被告人赤堀を指示した。
答 それは間違いありません。
問 三月十日に見たというのもこの被告人か。
答 私が堤防の上を行くところを見た時は、色の白い奇麗な人でしたが、この人と横顔を
  見たところは似ているね。
この時証人は被告人赤堀を指示した。
問 警察で見た時も、今日ここで見た時も、三月十日に見た男の横顔と似ているという訳
  か。
答 そうです。横顔は似ています。
問(大蔵弁護人)犯人が捕まったということで、警察に行ってその男を見たと言ったが、
  それはいつ頃か。
答 よくおぼえておりませんが、六月頃と思います。
問 どうして警察まで見に行くようになったのか。
答 「犯人を捕まえたから見に来てくれ」と言って警察から自動車で迎えに来たので、そ
  の自動車に乗って見に行きました。
問 犯人というのは、久子ちゃん殺しの犯人のことか。
答 そうです。
問 警察で犯人と言って見せられた男は一人だけか。
答 一人だけです。
問(鈴木主任弁護人)犯人が捕まったから見に来てくれと言われて警察に行った時、その
  男を見せられる前に「あの時とは、人相が変っているかもしれない」と特に言われた
  ことはないか。
答 そういうことは警察の人から言われました。警察の人から「犯人が捕まった。おばあ
  さんが前に見かけたのがその犯人だ。しかし、今は頭も坊主刈りにしているし、色も
  黒くなっており、又着ているものも汚れているから、今度見ると見違えるかもしれな
  い」と言うことを先に言われ、それから見せられたわけです。

長谷川睦(第一審第十四回公判32・3・11)
問(矢部孝裁判長)被告人赤堀を見せられたことがあるかどうか。
答(長谷川睦)あります。
問 それはいつ頃か。
答 覚えがありません。とに角、まだ赤堀という人が島田の警察におる当時に、島田の警
  察で見せられました。
問 どういう方法で見せられたのか。
答 赤堀という人を連れて来て、一人だけ見せたのです。
問 被告人を見た時の印象はどうだったか。
答 全然分りませんでした。見せられたその人は、頭の毛は刈っておったし、三月十日に
  見た時の人は全然様子が変っておって分りませんでした。
問 顔のかたちとか身体の大きさ等について似ているとかいないという点はどうか。
答 はっきり分りませんが、違うような気がしました。
問 当時も、そのように調べの警察官に述べてあるか。
答 警察では,はっきり分からないというように述べて、違うとはっきり申してはおらな
  かったと思いますが、気持ちとしては違うような気がしました。
問(鈴木弁護人)警察において、被告人を見せられる時、その前に何か説明されなかった
  か。
答(長谷川睦)容疑者が捕まったから、見てくれと言いました。
問 その時、証人は既に久子ちゃん事件の容疑者が捕まったということは、新聞で見て知
  っておったか。
答 新聞で見ておりました。
問 先程裁判長の問に対して、「警察では赤堀を見せられて、はっきりとは分らないが、
  気持ちとしては違うように思う旨述べた」というように答えたが、それは証人の感じ
  か。
答 そうです。
問(被告人)私は証人と島田の警察で顔を合せたことはありません。
答 二回見ております。一回は自転車置場の所にいるのを、刑事部屋から窓越しに見まし
  た。もう一回は、留置場の前の暗い部屋で一回見せられました。
長谷川睦(第二審第一回公判33・10・29)
問(大蔵弁護人)警察で面通しされた事があったか。
答(長谷川睦)ありました。
問 その時見せられた赤堀と証人が前に見た男と似ていたかどうか。
答 警察で見せられた男は頭髪を刈ってしまってあったので違うように思いました。
問(鈴木主任弁護人)面通しされた男の背格好は前に見た男と似ていなかったか。
答 前に見た男は健康そうな顔つきでしたが見せられた男は色が青白く似ているような気
  がしなかったのですが、又一面似ているようでもあり判然断定出来ません。
問(堀検事)証人は警察では男を何度見たか。
答 二回です。
問 その時以外にも見せられた事があるか。
答 あります。十人暗い見せられました。
問 二度目に見せられた時の警察の調書によると証人は髪丈が違う身体の輪かく丈は似て
  いる云々と述べているがそう述べた記憶があるか。
答 あります。
問(鈴木主任弁護人)証人は警察で赤堀を見せられた時警察では何と云ったか。
答 容疑者が捕まったから顔見てくれと云われたのです。
問 証人は見せられた男は前に見た男と違うが似ているようでもあるというのか。
答 違うような気もするが別人だと断定は出来ぬという感じです。

小林和夫(第一審第十四回公判32・3・11)
問(矢部孝裁判長)久子ちゃん事件の容疑者を見せられたことがあるか。
答(小林和夫)一回もありません。

松野みつ(第一審第二回公判29・8・6)
問(矢部孝裁判長)証人は、その後そのことについて警察の人から聞かれておるか。
答(松野みつ)聞かれました。
問 最初に聞かれたのはいつか。
答 三月十四日だったと思いますが、島田市署の人に聞かれました。そうして、今日ここ
  で証言したと同じようなことを話しております。
問 聞かれたのはその一回だけか。
答 いいえ、代る代る毎日のように来て聞きましたが、何辺言っても同じことだと言いま
  した。

橋本秀夫(第二審第一回公判33・10・28)
問(杉本覚一検事)その時見た男と後で検挙された赤堀とが同一人かどうかにつき警察で
  面通しされた事があったか。
答(橋本秀夫)ありました。然し、私が川原で見た男は離れていたので赤堀と同じであっ
  たかどうかは分らなかったのです。

橋本すえ(第二審第一回公判33・10・28)
問(杉本覚一検事)証人は男を見た事について二十九年の三月十七日と六月六日の二回警
  察の調べをうけたか。
答(橋本すえ)日は忘れましたが二回調べられました。
問 警察で男を見せられた事があるか。
答 あります。
問 その時の男は証人が川原で見た男と同じであったか。
答 身体つきや横顔が似ているように思いました。
問(大蔵弁護人)証人が警察で男を見せられたのは六月の時一回丈か。
答 その前にも色々な人を見せられましたが皆私の記憶にない人でした。

鈴木鉄蔵(第一審第二回公判29・8・6)
問(阿部太郎検事)証人は、本人が島田の警察に捕まったということを聞いてから、警察
  へ犯人の顔を見に行ったか。
答(鈴木鉄蔵)行きました。そうして見ました。
問 その時見た男は、証人が見た子供を背負って橋を渡った男に違いなかったか。
答 そっくり(似ている)でありました。
問 この被告人の横顔を見て下さい。
この時検察官は被告人を指示した。
答 そう言っては失礼ですが、よく似ております。
問(大蔵弁護人)証人は久子ちゃん殺し事件について、何か警察で調べられたことがある
  か。
答 七回位警察へ行ったと思います。
問 一番最初行ったのはいつ頃か。
答 三月十二日頃に藤枝の警察へ行ったと思います。
問 警察で犯人という者を見せられたと言ったが、それはいつ頃か。
答 六月十日頃と思いますが、よくおぼえておりません。
問 そのように犯人という者を見せられたことが何度もあるか。
答 あります。七、八回見ましたが、その度に、私が目撃したのと似た人がいなかったの
  です。
問(鈴木主任弁護人)久子ちゃんが殺されたということで初めて藤枝の警察へ呼ばれた頃
  橋を通った男は証人の知っている人ではないかと聞かれなかったか。
答 聞かれました。
問 その時には、証人としては通った人が誰か思いつかなかったのか。
答 思いつきませんでした。
問(矢部孝裁判長)島田の警察で見せられた男は、近くで見たのか。
答 やはり五間口ばかり離れた所で見ておる訳です。

鈴木鉄蔵(第二審第一回公判33・10・28)
問(杉本覚一検事)その男を、警察で見せられた事があるか。
答(鈴木鉄蔵)あります。横顔を見て、その時の男に間違いないと、思いました。
問 その男を、それ以前にも、見た事があるか。
答 小糸製作所で、見た事があります。
問 証人はその男が赤堀だと気が付いたか。
答 正面ではなく、横顔を見たものですから、はっきり分りません。

 なお、鈴木鉄蔵に関しては、昭和二十九年六月一日付朝日新聞に「明けても暮れても犯
人が捕まることを願ってきました。これで久子ちゃんもきっと成仏できるでしょう。赤堀
は六、七年前小糸製作所の工員をしていた当時に知っていた、それからずっと会わず、犯
行当日は私が金を持っているかと呼びかけても私の方を見ないで、横顔だけをみた、その
時は赤堀とは知らなかったが、いまいわれてみると赤堀だったような気もする」という談
話を述べた記事がある。
 ちなみに、三月十日の事件当時、犯人を真正面から、しかも近い距離で見かけた目撃者
は太田つや子と長谷川睦で、長谷川睦だけが佐野久子を知っていた。中野ナツが家の前で
見かけた時には、久子の方に気を取られて犯人については良く見ていなかった。
 それに、ほとんどの目撃者が、赤堀を見せられる時、警察から犯人だと言って見せられ
ている。また、長谷川睦や鈴木鉄蔵の証言や新聞記事から、犯人として警察で赤堀政夫を
見せられる前に、新聞記者や記事からすでに犯人として赤堀が逮捕され自白したこと、つ
まり、赤堀政夫が犯人に間違いないとされていたことを知っていたことがうかがえる。
 しかも二十九年六月一日から五日にかけて、連日、「赤堀政夫=真犯人=生来の怠け者
=乱暴者」などの警察発表の新聞報道にさらされる状況にあった、佐野久子を連れ去った
犯人の各目撃者が、改めて、このような新聞報道によって、「犯人は赤堀政夫だったか」
という先入観を持たされただけでなく、「犯人は赤堀政夫ではないのではないか?」とい
う疑問を差し挟むことがはばかれる状況がかもし出されていたといってもいいだろう。な
ぜなら、久子ちゃん殺し(島田事件)の犯人は赤堀政夫に間違いないというのが、当時の
警察発表に基づいた新聞報道の論調になっていたからである。
 このような状況を作り上げることに成功した捜査当局にとっては、すでに、「犯人は赤
堀政夫だったか」を取り調べることなど、何の意味をなさないことだった。だから、捜査
当局は、二十九年六月六日の段階で各目撃者から、「赤堀政夫が犯人に似ている」という
言質を取ることで充分だったのである。だが、その結果、赤堀政夫の自白と各目撃者の法
廷での証言で述べられた内容の食い違いとして現れることになる。
 

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