− 「雪冤−島田事件」−赤堀政夫はいかに殺人犯にされたか −
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〔二七〕赤堀政夫裁判
 
 そもそも島田事件の捜査本部が、容疑者の一人として赤堀政夫の名前を挙げて、岐阜県
警の身元照会にその事実を伝えたことから、岐阜県警が赤堀政夫を指名手配したというの
も、行き詰まる事件捜査の中で捜査当局や地元の一部に「犯人は赤堀政夫に違いない」と
いう見込みがあったからである。それで、赤堀政夫は犯人として連行され、警察で取り調
べられたが、申し立てた約三カ月前のアリバイが間違っていたことを根拠に犯人扱いを受
け、犯行を認めさせられ、自白に至った。
 そして、第一審の裁判所は、『赤堀政夫の自供によって石が発見されたという捜査官の
証言と、石で胸の傷はできる可能性があるという古畑種基の鑑定書によって裏付けられた
こと。しかも、犯人を見た目撃者も赤堀政夫が犯人に似ていると証言していること。赤堀
政夫が供述した犯行の経路は目撃者の証言と一致していること。自白は捜査官の暗示によ
り虚構されたものと認められないこと。また、アリバイの主張は事件前の三月七日と九日
島田市内ならびにその近郊で見たという目撃者がおり、その証言の方が信用でき、赤堀政
夫のアリバイは信用できないこと』から、赤堀政夫の自白には任意性・真実性があると認
定して、かつこれを補強する証拠もあると、赤堀政夫に死刑判決を下した。
 ところが、赤堀政夫の自白は、捜査官の間違った事件像や目撃者の目撃事実とは違う事
実を述べたものだった。つまり、赤堀政夫の自白には任意性も真実性もなかったことが明
らかだったのである。それにもかかわらず、自白の任意性や真実性を疑うこともなく、第
一審の裁判長が、赤堀政夫に対して死刑の判決をくだしたのは、「赤堀政夫は犯人に間違
いない」という確信に満ちた目で赤堀政夫を当初から見ていたからである。
 そして、その後も赤堀政夫の有罪認定が変わらなかったのは、第二審以降の裁判官も、
「犯人は赤堀政夫に違いない」という第一審の裁判長と同じ心証をもって赤堀政夫を見、
有罪の根拠にした各証拠の証拠価値について再検討しようともせず、その心証をくつがえ
すアリバイを明確に立証できないことを根拠に、赤堀政夫を有罪と認定し、死刑囚にして
きたのである。
 更に、第四次再審の抗告審で検事側は「有ケ谷百合子証言」を持ち出して、久子の母親
の佐野すゞが「赤堀という奴はどうしようもないやつだよ、やったのはあれに決っている
よ」と他人の言葉を借りて、伝聞によってもたらされた言葉で赤堀政夫が犯人に違いない
と自分が思い込んできたことを真実であると証明しようとした証言を根拠にして、赤堀政
夫のアリバイをくつがえした証拠が崩壊するのを補強して、改めて三月九日赤堀政夫が島
田市にいたことを立証しようとした。検察側は、それで赤堀政夫の有罪を証明しようと証
拠申請したのである。けれどこれは、現実には検察側にとって何の証拠価値もなかったこ
とが弁護側の手で明らかにされて、のちに証拠申請を取り下げている。だが、相も変わら
ず、検察側がこのような方法で赤堀政夫の有罪を立証しようとするのは、検察官も「犯人
は赤堀政夫に違いない」という先入観にいまだに囚われているからである。
 それにしても、被告がアリバイを証明できないことが、どうして被告の有罪を立証する
ことになるのか理解に苦しむところである。人によって個人差はあるにせよ、3カ月も前
のことで、仕事をしていたとか、会社、学校に行っていたなどの時間を除いた時間に、い
つ、どこで、何をしていたのか、いきなり問い詰められて答えられる人が何人いるだろう
か。はっきりいって、ほとんどの人が答えられないのが自然である。
 だから、アリバイを証明できないことは、有罪の根拠にはならないし、また、状況証拠
にもしてはならないのである。しかし、赤堀政夫の場合には、アリバイを証明できないこ
とを理由に有罪にされてきたのである。
 つまり、島田事件というのは、一方に久子ちゃん殺し事件があって、もう一方でその久
子ちゃん殺し事件とは直接関連のないところで「犯人は赤堀政夫に違いない」という予断
のもとに、アリバイの曖昧さを根拠に赤堀政夫を断罪し続けた裁判が成立したという奇妙
な展開をしたといえるだろう。
 六十一年五月三十日、赤堀政夫逮捕後、三十二年目にしてようやく静岡地裁で『再審開
始決定』を見るに至ったとは言え、検察側は即時抗告をすることで赤堀政夫を有罪にして
きた赤堀政夫裁判の終結をいたずらに遅らせている。しかも、再審開始決定は、「確定判
決においては、請求人を犯行と直接結び付ける証拠としては、請求人の捜査段階における
自白調書(勾留質問調書も含む)があるだけである」と認定しているのである。
 その認定は、刑訴法第三一九条【自白の証拠能力・証明力】・「被告人は、公判廷にお
ける自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、
有罪とされない」の規定に沿えば、赤堀政夫が有罪にされる物証がもはや存在しなくなっ
たことは、『再審開始決定』によっても明らかにされている。
 それにもかかわらず、静岡地裁は、赤堀政夫の死刑の執行停止を決定しただけで、有罪
にできない赤堀政夫の保釈をためらっており、いまだに獄中にとどめているのである。
 赤堀政夫を事件と関係なく断罪し続けた赤堀政夫裁判は、まだ終わっていない──
                          (一九八六年九月十三日)
 追記。六十二年三月二十六日、東京高裁は、検察側の即時抗告を棄却し、静岡地裁の『
再審開始決定』を支持する決定を出した。その四日後の三十日、東京高検が、最高裁への
抗告を断念したことから、三月三十一日、島田事件の再審開始は確定した。実に、逮捕以
来三十三年目にして、また、最高裁の死刑確定(35・12・15)以来二十七年目にして、死
刑囚として無実の罪を問われ続けてきた赤堀政夫の、念願の『再審』が静岡地裁で始まろ
うとしている。
 わたしにとっても、たいへんうれしいことである。
 再審公判が、開かれるにあたって、まず、無実の明らかな、赤堀政夫さんの一日も早い
釈放を、再審公判の決着を待たずに実行されることを、静岡地裁の裁判官に望みたい。司
法の独立性に日頃から心を配っておられる方々には、早期釈放の決定を職権において、実
現されることが、その何よりの証となるはずである。
 そのうえで、再審公判においては、何故、このような冤罪を作り出してしまったのか、
その原因究明のためにも、捜査当局のあらゆる捜査資料の公開を、裁判官には、職権にお
いて実現することを望みたい。それが、冤罪を見抜けなかった裁判所としての社会的責任
でもあるし、司法当事者のなれあいなどと誤解を招かない態度でもあるはずである。
 しかし、ほんとうは、検察当局が、再審公判が開始されるにあたって、自主的に捜査資
料のすべてを公開することを望みたい。日頃、検事として、社会的に公正な立場というも
のに気を砕いておられるわけだから、島田事件に関するすべての捜査資料を公開して、う
そ、偽りのない事実を明らかにすることで、むしろ、それは実現できることになる。わた
したちが、あなたがたに期待するところがあるとすれば、それは、いかなる状況において
も、あなたがたが罪と罰を証明することにあるのではなく、事件を取り巻いて何が起こっ
たのかという事実を、それこそ、つつみ隠さず明らかにすることにある。事実を明らかに
することによって、自ずから被告に立たされた人に罪状があればあったで、罪は明らかに
なるからである。ところが、これまでみてきたように、島田事件において、検事の果たし
た役割は、事件の真相を明らかにすることにあったのではなく、赤堀政夫がいかに殺人犯
らしいかを証明することにあったといえる。
 最後に、早期集中結審を!ということを望んでおきたい。それに対して検察当局は、時
間の引延しにしかならない行為は一切やらないぐらいの気概は示してほしいものだ。

 赤堀政夫さんの早期無罪釈放を願って!    一九八七年四月三十日 白砂 巌

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