農薬・ダイオキシンとエストロゲン
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2-1.気がつけば 環境ホルモンの海の中

 わたしたちが農薬やダイオキシンの被害以上に、もっと深刻な環
境汚染の中で生活していることを、私は最近になって知りました。
ここ数年の間に、ダイオキシンと同じかそれ以上に厄介な環境汚染
が起きていることが確認されています。
 先頃「精子が減っていく」という報道番組(英国BBC放送が作
成)がNHKの衛星放送で放送されました。この番組で、イギリス
を始め、ヨーロッパやアメリカの化学者や医学の研究者の調査で、
人間が、農薬や化学物質として消費し、地球環境に放出した物質の
中に、女性ホルモンと同じ作用を及ぼす物質(環境ホルモン類似物
質)があり、これが人間や捕食動物にさまざまな影響を及ぼしてい
る事実を放送していました。
 NHKの総合放送でもこの問題を取り上げ、衛星放送で再放送も
したので、見られた方もいたのではないかと思います。
 以下、その放送の内容を文章に興してみました。

人的被害と生命機能を破壊するメカニズム
 
 5年前デンマークの科学者たちが、人間の精子の異常に気づいて
研究を始めました。頭部が変形したもの。尻尾のないもの、逆に尻
尾だけのもの、尻尾が二本あるもの、動きすぎる精子もあれば、ま
ったく動かない精子も確認されています。
 コペンハーゲン大学ニールス・スカケべク教授は、健康な若者の
精子に50%以上も正常でないものがあることに気づきました。そこ
で調査を始めた教授のチームは、1930年代にまで逆上った精子の数
に注目しました。そして過去50年で精子の数が大幅に減っているこ
とが判明した。一回の射精ごとの精子の数はこの50年間で、約半分
になっていたし、精液自体の量も減っていました。
 1996年2月、精子の数の減少に関する新しい事実が公表されまし
た。もし精子がこのまま減りつづけていけば、そう遠くない将来に
多くの男性に生殖能力がなくなってしまう。そうなる可能性はかな
り高いというのです。
 イギリスのエジンバラ医学研究所ではアービン博士が、18歳〜45
歳の男性500 人以上を対象に調査を行いました。この調査でも、ス
カケペック教授の論文を裏付ける結果が出ました。精子の数は過去
20年間で25%減少していたのです。
 1950年代生まれの男性の精液のサンプルでは、精子の数は多く、
動きも活発です。1950年代生まれの男性の場合1ミリ・あたりの精子
の数は1億あったものが、1970年代生まれの男性の場合は平均7500
万に減っていて、動いている精子はさらに少ないそうです。
 1990年代生まれの男性が成人した時の精子の数は、1ミリ・あたり
5000万になってしまうでしょう。一般にこの数が2000万以下になる
とその男性は生殖能力を発揮できないと考えられています。このま
まの割合で精子の減少が進めば、次の21世紀に生まれる男性は、子
供を作れないことになりかねません。
地域による差はあるものの、ヨーロッパのいくつかの研究所が、
同様の結果を発表しています。
 ブリュッセル、パリ、エジンバラの調査で、精子の数が減少して
いることが裏付けられました。過去20年の間、毎年2%づつ減少し
ているという報告もあります。精子の数はもうすでにかなり減って
しまっています。男性の生殖能力に影響を及ぼす限界の数にまで達
しようとしているのです。しかもそれは特定の地域に限ったことで
はなく、かなり広い地域にまたがる現象なのです。
 スカケベク教授の論文は、直ちに論争を引き起こしました。
 この論文は、すでに公表されたデータの統計的分析にすぎなかっ
たので、批判の的になりました。この時の批判の多くが、産業界か
ら出ていたそうです。
1993年、エジンバラ医学研究所のシャープ博士とコペンハーゲン
大学のスカケべク教授は、生殖に関する別の深刻な事態に気づきま
した。
 第1に、過去30年の間にイギリスとアメリカで精巣腫瘍 (睾丸の
ガン) の発生率が3倍になっていたのです。デンマークでも精巣腫
瘍が50年前の3〜4倍に増えており、世界で最高の発病率となって
いました。
 第2に、男の赤ちゃんの間で、停留精巣という障害も増えていま
した。精巣つまり睾丸がお腹の中に止まってしまい、正常な位置に
下りてこないのです。
 第3に、男の赤ちゃんに見られる尿道下裂という生殖器の異常で
す。極端な場合は、男女両方の性の特徴を併せもった半陰陽の状態
になってしまうのです。
 停留精巣、精巣腫瘍、尿道下裂、これらの間には何か関連がある
のです。そしてこうした病気の増加は、精子の減少の増加と何か関
連があるのかと考えました。
 精子が作られる過程で何かが起こっていて、大勢の人に影響をも
たらす変化が確かに起こっている。でもその原因が何かなかなか判
らなかったが、エジンバラ医学研究所のシャープ博士が、偶然目に
した論文で謎が解明されました。
 それは、セルトリ細胞に関する論文です。セルトリ細胞は、精子
を作る他の細胞を保護する働きがあります。発育の重要な段階で形
成されたこのセルトリ細胞の数が、成人になってからの精子の生産
量を決定しています。
 セルトリ細胞は、発育段階において支配的な役割を果たし、精巣
すなわち睾丸を硬化させ、生殖器に男性の特徴を持たせ、尿道を発
達させる働きがあります。精巣の発育段階では、その細胞分裂をつ
かさどります。この段階での異常が精巣腫瘍を発生させると考えら
れています。
 これですべての断片的な事柄がつながりました。精巣腫瘍・停留
精巣・尿道下裂・そして精子の数の減少。こういったことすべてが
セルトリ細胞に着目することによって、みごとに関連づけられたの
です。そこで一連の生殖器の異常や精子の減少を引き起こしている
原因を探るためにはセルトリ細胞に悪影響を与えているものを探れ
ばいいのではないかと研究者は考えたのです。

明らかになった野性動物の被害の事例
 
 一方、野性動物の世界でも人類と同じような生殖器官の異常が起
きています。アメリカフロリダ州・アポプカ湖で科学者のチームが
ワニの減少を調査していた時のことです。科学者たちは、ワニに重
大な変化が起きていることを発見しました。
 彼らは、まず沼地のワニの巣を調べて回りました。どの巣にも異
常な卵が見つかりました。アポプカ湖の卵の75%が死んでしまった
か無精卵だったのです。また、多くのワニが性転換していました。
雄のワニの少なくとも25%は生殖器が異常でした。陰茎が極端に小
さく、本来の半分かあるいは三分の一くらいの大きさで、しかも変
形していました。
 この湖の亀も、多くの雄がめすの生殖器を持ち、高い濃度の女性
ホルモンを分泌していたのです。
 フロリダ大学 L・ギレットの調査によれば、アポプカ湖に住む
動物全体の20%が雄と雌、両性の状態にありました。
 五大湖でも主だった捕食動物のうち少なくとも16種が生殖機能に
異常を来しています。アメリカでは、年老いた固体しかいないチョ
ウザメの群も見つかりました。つまりその群は子孫を残していない
のです。
 五大湖の魚では、雄の魚は性的に成熟していません。半陰陽の状
態なのです。注意して見ると雄と雌両方の性腺をもっている魚もい
ます。特に工場の排水が流れ込むところでこうした異常が多く見ら
れます。親が汚れた水の中で暮らしているので子孫にその影響が現
れたのです。
 イギリスの川でも、数年前から下水処理場の下流で雄と雌の生殖
器をもった魚がたくさん見つかっています。科学者たちと農業省の
共同調査で、雄の魚を下水処理場の排水口に3週間放置したのち、
血液のサンプルを取ると雄の魚が大量の卵黄たんぱく質(ビテロゲ
ニン)を生成していました。普通このたんぱく質を生成するのは雌
だけです。雄には性の転換がおきていたのです。
 彼らはイギリスの28箇所の下水処理場で調査を行いましたが、す
べての調査地点で同じような結果がでました。
 これは、特定の地域の特殊な現象ではなく、どの地方にもはっき
りと現れている現象なのです。こんな驚くべき現象が起きるのは、
下水処理場から流れ出る排水の中に、魚にとって女性ホルモンの働
きをする物質が含まれているからです。
以前「どうぶつ奇想天外」という番組(97.2 頃放送TBS)の中で、
摩周湖のウチダザリガニ(アメリカ から輸入) を捕獲して、雄雌の生存比
率を調査したところ、2回ほどの捕獲で1回ごとに雌68〜70匹に対
して雄2匹くらいという生存比率が確認されました。
 これについて、番組ではその原因を追求していなかったが、日本
でもイギリスやアメリカで雄の魚やワニが雌化している現象が、か
つては秘境と言われた、人里離れた北海道の山の中の湖でも起きて
いるのではないでしょうか。
 このことから連想されるのは、ハタハタの年ごとの漁獲量の減少
と東北日本海沿岸地域の農薬散布でまかれた年間農薬使用量や、ハ
タハタの産卵期前後2か月の間にどんな農薬がどれだけまかれてい
たか、また、海で検出される農薬の種類と量の月別比較とその中に
環境ホルモン類似物質が含まれていないかという検証をやってみる
ことで、日本でのハタハタの漁獲量の減少の原因が追求できるので
はないかと思える点です。
 もし女性ホルモン(環境ホルモン)類似物質が、魚の受精卵にも
影響を与えているとしたらどうでしょう。日本ではまだ調査した人
はいないようですが、卵の段階で影響を受けた魚が、ほとんど雌に
変化してしまうとしたら─。雌の生存比率が圧倒的にふえ、雄が減
るという現象(摩周湖のウチダザリガニに現れている現象はこれに
あたるのではないでしょうか)がおき、次世代には受精できない卵
が増えることになりはしないだろうか。
 ぜひ、調査できる人はやってみてください。そして、結果を教え
ていただけると有り難いのですが。

女性ホルモンの作用を持つ化学物質
 
 一体何がセルトリ細胞に影響を与えているのでしょうか。セルト
リ細胞は、一般に発育段階に女性ホルモン「環境ホルモン」に過剰
にさらされると、異常が起きやすいと考えられています。セルトリ
細胞の発育が抑制されたり、さらにはセルトリ細胞の数が少ないま
まで固定されてしまうこともあるのです。
 このような異常が現れるのは、ホルモンの体系が影響を受けてい
るのではないかと考えた科学者が、さらに追求を重ねました。
 母親の体内にある環境ホルモンは、胎児の発育を阻害することは
ありません。いま疑われているのは、他の化学物質が環境ホルモン
のような働きをしているのではないかということです。エジンバラ
医学研究所のシャープ博士は悲劇的な調査結果を見つけました。
 1950年代〜1980年代にかけて、ヨーロッパで600 万人もの妊婦に
DESという合成の環境ホルモンが流産防止のため投与されていた
のです。その薬を投与された母親から生まれた男の子について調べ
ると、やはり、生殖器官の異常が普通より多く見られました。
 一方、ノースカロライナの研究所では、合成の環境ホルモンDE
Sと男性の生殖障害の関連を調べる実験が進んでいました。マクロ
クラン教授は、妊娠中のねずみにDES(合成環境ホルモン)を投
与してみました。すると、胎児の発育に重要な時期にDESを2日
間投与しただけで、深刻な影響があらわれることが判りました。
 この実験で最もショックを受けたのは、生まれた雄のねずみを観
察した時でした。このねずみたちは、雄と雌の生殖器官をつなぎ合
わせに持っていて、半陰陽の状態になっていました。ねずみでも、
人間でも、受精した段階では両方の性になる可能性を併せもってい
て、そこからどちらかの一方の性が発達していくのです。
 ところが、ごく初期の段階で、DESに曝されると、正常な雄へ
の発達ができなくなってしまうのです。
 一連の生殖器官の異常は環境ホルモンが原因だと判りましたが、
DESの投与と関係のない一般の男性の場合は、どのようにして環
境ホルモンが体内に取り込まれたのでしょうか。現代生活のどのよ
うな側面が環境ホルモンの影響を増大させているのでしょうか。人
間のセルトリ細胞は胎児の段階から思春期まで発達を続けるため、
思春期までのあらゆる影響を考慮する必要があります。
 化学者たちはまず食生活の変化に注目しました。過去50年間に食
生活は大きく変化しました。脂肪やたんぱく質の摂取量は増加し、
食物繊維の摂取量は減少しました。そのため、体内から排出される
べき環境ホルモンが再吸収されるようになってしまったのです。
 環境ホルモンの過剰をもたらしているのは何か。食生活の変化は
立証できないとはいえ一つの答えかも知れません。間もなく環境ホ
ルモンの過剰をもたらしている別の原因が判明しました。
 1950年代に広くに散布された殺虫剤DDTでした。まもなく有害
性が指摘され多くの国で使用禁止になりましたが、それは土や水の
中に残りました。
フロリダ州のアポプカ湖ではまさにその現象が現れていました。
この湖は10年前にDDTから作られた殺虫剤によって汚染されまし
た。しかし現在は公式には化学薬品による汚染はないとされていま
す。環境ホルモン類似物質は、湖の水質検査をしてもそれほど検出
されません。摂取した動物の脂肪に蓄積する特徴があるからそれら
は水の中にではなく、動物の体内に蓄積されているのです。

生物濃縮の実例
 

 BHCで、環境濃度の1000倍という数値が検出されている。

 環境ホルモンと同じ働きをする一連の殺虫剤が川の水から検出さ
れたが、それほど大量ではありませんでした。しかし間もなくまた
別の環境ホルモンと同じ働きをする化学薬品があることが判りまし
た。結果的には異なった分子構造を持つ多く物質が環境ホルモンと
同じ働きを持つことが判明したのです。
 BHC(酸化防止剤)・DDT(殺虫剤)・DDE(DDTが分
解してできる)・DES(合成環境ホルモン)・悪名高いPCB・
エンドスルファン(殺虫剤)・クロルデコン(殺虫剤)・ケルセン
(殺虫剤)・ディルドリン(殺虫剤)・トキサフェン(殺虫剤)・
フェニルフェノール(果実・野菜の防腐剤)・ヘプタクロル(殺虫
剤)・メトキシクロル(殺虫剤)などがありました。
 わたしたちは環境ホルモンの海の中で生きているのです。
 また、アメリカのタフツ大学で乳がんの研究をしていた科学者が
殺虫剤とは全く別の環境ホルモン類似物質を偶然発見しました。
 乳がんの研究のために乳がん細胞を培養していると、それが突然
増殖しはじめたのです。この増殖を促したのは、環境ホルモンとし
か考えられませんでした。そこで環境ホルモンによる汚染が起きた
と仮定して徹底的な調査に乗り出しました。
 4か月後血清を入れていたプラスチックの試験管容器から、環境
ホルモンの働きをする物質がしみだしていることを発見しました。
製造会社に連絡をすると何ケースか試験管を提供してくれました。
その原材料を確認しようとしたんですが、彼らは企業秘密だといっ
て教えてくれませんでした。
 タフツ大学のソト教授は分析を続けました。そしてついにプラス
チックからしみだしている物質を突き止めたのです。それはノニル
フェノールという化学物質でした。
 ノニルフェノールは、プラスチック産業で酸化防止剤として広く
使用されている化学物質です。洗剤や避妊用の殺精子剤にも使われ
ています。これまでこの物質は環境ホルモンの働きをするとは考え
られてきませんでした。安全な原材料として非常に幅広く使われて
きたのです。
 ノニルフェノールは、魚の異常が見つかったイギリスの川でも検
出されました。その濃度は1・あたりわずか50マイクロ・でした。
そこで、ブルーネル大学のJ・サンプター氏は、これと同じ濃度の
ノニルフェノールを加えた水の中に、正常な魚を入れてみました。
すると川に魚を放置した時と同じ現象が起こりました。雄の魚が大
量の卵黄たんぱく質を生成したのです。
 人間の男性もこの魚の雄と同じようにノニルフェノールの影響を
受けているのではないでしょうか。始めは、飲料水を通してこの現
象が人間にも広がっているのではないかと考えたが、全くの偶然か
らカリフォルニアの研究室で別の環境ホルモン類似物質が見つかり
ました。この物質もプラスチックからしみだしていたのです。それ
はビスフェノールAという物質でした。
 さらにサンプター教授のチームは、プラスチックに含まれる環境
ホルモンの働きをする第三の大きなグループを発見しました。フタ
ル酸エステルと呼ばれる一連の化合物です。
 フタル酸エステルというのは、フタル酸とさまざまなアルコール
との結合によってできる化合物で、あらゆる種類のプラスチックに
広く使われています。この影響を避けるのは非常に困難です。
 これらの化学物質をごく僅かな量、妊娠中のねずみの飲み水に加
えてみました。その結果プラスチックに含まれる三つのグループの
環境ホルモン類似物質すべてが、生まれた雄のねずみに重大な影響
を及ぼすことが判りました。精巣の大きさは15%縮小し、精子の数
は20%減少したのです。
 この実験では、1・あたり1mgねずみの母親の飲み水に加えただ
けでしたから、まったく影響が出ないと研究者は考えていました。
ところがそんな僅かな量与えただけで子供に影響が現れたのです。
何度も実験を繰り返しましたが、結果は同じでした。この実験結果
から、人間の場合も、同じ化学物質を同じ程度の割合で摂取すれば
生殖機能に同様の影響が現れることが予測されます。
 人間がこれらの化学物質を摂取しているとすればそれはどのよう
にしてでしょうか。
 タフツ大学のソト教授はスペインを訪れた際に、非常に身近な食
品に問題の化学物質が含まれている可能性があるのを知って驚きま
した。多くの缶詰の内側には、プラスチックのコーテングが施され
ています。そこにビスフェノールAが含まれていて、それが缶詰の
中身に溶けだしていたのです。これは憂慮すべき事態です。わたし
たちは人工の環境ホルモンを含んだ食品を食べているのです。
 ビスフェノールAがプラスチック類から溶けだすという情報は、
グラナダの歯科学校に伝わりました。子供の歯を虫歯から守るため
に使われるシーラントや虫歯の詰め物に使われる白い樹脂にもビス
フェノールAが含まれています。そこでシーラントを施す前と後の
患者の唾液を分析し、ビスフェノールAが含まれているかどうかが
調べられました。
 その結果かなりの量のビスフェノールAがシーラントを施した後
の唾液から検出されました。これは非常に心配なことです。環境ホ
ルモン類似物質が多量に唾液に含まれているということは、いずれ
それが、血液に吸収されるということを意味するのですから。
 私たちが口にしている環境ホルモン類似物質はビスフェノールA
だけではありません。
 もっとも気掛かりなのは、これらの化学物質の作用は累積すると
いう証拠が出ている点です。ですからこれらの化学物質の影響を個
々に考えるのではなく、すべての化学物質によってもたらされる総
合的な影響を考慮する必要があります。
 ソト教授のチームは、乳がん細胞の成長の度合いを測定すること
によって化学物質中の環境ホルモンの強さを数値化する試みに挑戦
しました。こうすれば、個々の化学物質と混合物とで数値を比較す
ることもできます。
 タフツ大学のA・ソト教授たちは、一連の化学物質をごく僅かな
量ずつ使って実験しました。それは環境ホルモンの反応が現れない
ほどに僅かな量です。ところがそれらの化学物質10種類を混ぜ合わ
せると、完全な環境ホルモンの反応が現れました。乳がん細胞が増
殖したのです。場合によってはその作用は単に個々の化学物質の作
用を累積しただけではなく、各物質の作用の合計より大きいことも
ありました。
 さらに心配なのは、実験室の乳がん細胞に起こったことが、女性
の体の中でも起こるかもしれないということです。ニューヨークの
科学者たちは、過去50年間に、乳がんが劇的に増加したのは、これ
らの化学物質と何らかの関係があると考えています。
 環境ホルモンが乳がんと関係あることは明らかですから、環境の
中に存在する大量の環境ホルモン類似物質が、生殖器のガンに影響
を与えないはずがありません。
 これを検証するため、マウント・サイナイ医科大学のM・ウルフ
博士は、乳がん患者の血液と健康な女性の血液を分析し、環境ホル
モン類似物質の一つであるDDTの濃度を比較しました。
 分析にはまずその女性が乳がんかどうかという知識を持たずに、
DDT濃度を調べました。そしてそれを統計的に分析したところ乳
がんと深い因果関係があることが判ったのです。血液中のDDT濃
度が上位10%に入るグループは、乳がんにかかる確率が4倍になる
という結果がでたのです。
 この結果を見ればDDTのような環境ホルモン類似物質は、乳が
んの発病に大きく関与していると言えるのではないでしょうか。
 乳がんの発病に関して、DDTが新しい危険因子であることは十
分考えられますが、DDTのレベルは、女性が本来生成する環境ホ
ルモンに比べて非常に低く、影響を与えるほどではないという意見
もあります。しかしDDTが分解してできるDDEの血中濃度は、
本来体内を循環している環境ホルモンの10倍から100 倍もありまし
た。これらの化学物質は、本来の環境ホルモンよりもずっと長く体
内に止まり、繰り返し作用する可能性もあるのです。

環境ホルモン類似物質に関する対策
 
米厚生省元顧問 D・ディビスの発言
「この問題は現在のワシントンではかなり真剣に受け止められてい
ます。アメリカの環境保護庁は、ホルモンに悪影響を与える化学物
質の徹底調査を最優先課題に据えています。さらに厚生省の長官も
乳がんに関する大規模な実行計画を発表しました。その計画では、
環境と乳がんとの関係だけでなく、ホルモンの異常に起因する他の
疾患との関係も調査することになっています。」
 アメリカの議会は、環境ホルモン類似物質の可能性があるものに
はすべて審査が必要であるという法案を可決しました。審査の費用
は化学物質の製造業者が負担し、それに応じなければその業者の製
品は市場から回収されることになっています。
 イギリスでは、そのような法案はまだ可決されていませんが、化
学工業の業界は、この問題にはさらなる調査が必要だと認めていま
す。しかし、イギリスの保健省は、静観しています。いますぐ問題
がおきる心配はない。EUの委員会が2年後に調査結果を発表する
まで、対策は講じられないというのです。
エジンバラ王立病院 S・アービンの発言
「もし精子の減少傾向が続くとしたら、80年代・90年代に生まれた
男子が成人する頃、精子の数がどうなってしまうのか誰にも判りま
せん。しかし、このまま様子を見ていて20年先30年先に精子の数が
減っていることを確認するというようなことだけは避けなくてはな
りません。わたしたちはいますぐこの問題に着手しなくてはならな
いのです。」
米厚生省元顧問 D・ディビスの発言
「わたしたちは、不本意ながら、便利さの代償を払わされるハメに
陥ってしまったのです。つまり乳がんや精巣腫瘍が増え、生殖能力
が衰えてきたのは、豊かな現代生活の代償だということです。早い
車とかプラスチックとかいった便利なものを享受する代わりに、病
気を引き受けなければならないのです。わたしはそんな取引には応
じません。乳がんを患っている女性もそうでしょう。これから父親
になりたい男性も、便利さと引換えにそのチャンスを諦めるつもり
はないでしょう。これは地球上すべての生物の危機です。生物の存
続を脅かす証拠を見過ごすのはあまりにも危険です。」
タフツ大学 ソト教授の発言
「しばらく様子を見るというのでは危険すぎます。20年後に孫がわ
たしの所へやってきて、動物たちに異常が起きていることを知って
いたのに、どうして手を打たなかったのか詰め寄る光景が目に浮か
びます。その時、この現象が人間にも起きるのを確認しようとまっ
ていたのですと言えますか。答えはノーでしょう。わたしたちはい
ますぐ手を打たなくてはならないのです。」
 イギリスの農業省は、取材班に対して、いますぐ問題が起きると
は考えられず、食品名の公表は必要ないと語っています。だが、農
業省は検査した包装材の名前や食品名、そしてそれに含まれていた
フタル酸エステルの量をすべて公表すべきだと思います。
 この問題の規模は想像を超えるものです。世界経済のかなりの部
分が、化学工業やそこから派生した製品によって支えられているか
らです。

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