− 波埼事件について −
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☆石橋康雄はいつ退去したか?
 
八月二五日深夜 波崎町西明神前の富山常喜方にトヨペット・コロナが八日市場から戻っ
     てくる。
高浜尚司が運転、助手席に石橋康雄が乗っている。車は後部を銚子の方に向け、玄関前に
     止まった。
       高浜尚司はこの時、腕時計で時間を確かめなかったが夜の十一時半ごろだ
       ったと言っている。富山常喜方は消燈して寝ていた。
石橋康雄 先に降り、「おー、おー」、と怒鳴る。
富山常喜 目覚まして「戸は開いているぞ」と叫びながら、四畳半の寝間から起き出し、
     明美が寝ている居間の六畳の螢光灯をつける。
石橋康雄 入り口の戸をすっかり開け切らないうちに中に入ろうとして、体を戸にぶつけ
     ゴツンとしじまを破る。
石津明美 この音で目を覚ます。そして、「ああ、康兄ちゃん帰って来たの」と寝床から
     顔をよじって声をかけた。石橋康雄はニコニコしながら土間に立っていた。
       この時、富山常喜も明美も柱時計を見ていないが、後に十一時半ごろだっ
       たろうと証言する。しかし、石津むめは格別、時計を見たとも言わずに、
       十一時四○分ごろだった、と言っている。
富山常喜「案外早かったなあ」パンツ一枚の裸姿で、居間のちゃぶ台の前にあるいつもの
     自分の座いすに座った。
       石津明美は、人前に裸で何だろう、とまゆをひそめ、一瞬「お茶を出さな
       ければいけないかな」と思ったが、「いや、いや、これは自分に関係ない
       ことだ」とすぐ思い直し、寝返りを打って目を閉じる。
石橋康雄に続いて高浜尚司が土間に入ってきた。
高浜尚司 「もう遅いから、ここで話して行くべよ」
石橋康雄 「いや、土間で立って話すのも何だから」
       どちらがどう言ったか、必ずしも定かではないが、ともかく二人はこう言
       い合って居間に上がる。
石橋康雄が先に上がり、富山常喜と差向いで、石津明美の布団の近くに、ドスンといつも
     の豪勢な座り方をする。高浜尚司はその右手に静かに腰を下ろす。
富山常喜 二人が前に座ると、つと立ち上がって四畳半に入り、浴衣を両肩に羽織って出
     てくる。
       寝姿を見られまいと、石津むめが内側から開いていた唐紙の一枚をガタン
       と閉めた。高浜尚司はそれで、石津むめが寝ているのだなと悟った。
石橋康雄「ここを出るとすぐ、ものすごい雨になった。雷も鳴ってよ。ワイパーがフロン
     トの雨粒をふき切れねいんだ」
高浜尚司「八日市場市内は停電で、真っ暗なんですよ。江田さんのとこ、私も一度しか行
     ったことがないんで、道が分からなくなり、たどりつくのに車を二回止めて道
     を聴いて行ったんですよ」
富山常喜「それは大変だったね。こっちもひどい雷雨だった」
高浜尚司「八日市場の金融業の名義は江田美恵子さんですが、実際の仕事はだんなの新倉
     美多根さんがやってんです。石橋さんから預かった物件書類を見せて、家屋敷
     を売り渡し担保に一二○万円借りたいと申し込んだんです。本郷あたりの土地
     相場はいくらかとか、金の使い道を聴かれてから、具体的な条件は言わずにと
     もかく用立てはするが、実際の貸付金額は担保物件を見てからでなければ決め
     られないと言うんです。それでも、できるだけ希望に沿うようにしたいという
     意向で、額が決まれば九月一日には金を渡せるという話でしたね。それで、あ
     した新倉さんに現地を見てもらおうという話にしてきたんです。二人であした
     新倉さんを迎えに行った方が話が早いと思うんですよ。どうでしょう、富山さ
     んのコロナをあしたも新倉さんの送迎用に借りられませんか。富山さんのご都
     合はいかがですか」。
富山常喜「ああ、結構ですよ。明美とむめを朝のうちに別所へ送りさえすればあとはいい
     から、貸せますよ」。
高浜尚司「じゃあ、よろしくお願いします。石橋さんあすの朝、九時か十時に一緒に行き
     ますか」。
石橋康雄「ああ、そうすべ」
高浜尚司「それじゃ、もう遅いから私はこれで失礼すべえ」

高浜尚司 立ち上がって土間に下り、外に出ると軒下の自分のスクーターに乗って浜新田
     の自宅に帰っていく。
       高浜尚司のスクーターは大雨の中、軒下に放置していたせいか、エンジン
       がすぐにはかからず、二、三回手間がかかった。しかし、それ以外は途中
       転ぶとか、事故に遭うなどはしていない。だから、富山常喜方から一・ほ
       どの自宅までの所用時間は、約五分とみればたっぷりである。
       高浜尚司が帰宅して玄関の戸を開けると、真正面にすぐ見えた柱時計が午
       前零時のわずか前で、十一時五五分ころを指していたという。だから、高
       浜尚司が常喜方を出たのは、この時計でなら十一時五○分ころになるだろ
       う。富山常喜方の柱時計と比べ、どれくらいの誤差があったか今となって
       は不明だが、常識の範囲内で仮に五分前後の違いがあったとすれば、高浜
       尚司の常喜方の退去時刻は、富山常喜方の柱時計でなら十一時四五分ころ
       から五五分ころまでの間と見てよいだろう。
       また高浜尚司は富山常喜方に寄っていた時間を、一五分くらいと言うのだ
       が、これが正しければ、高浜尚司が常喜方に八日市場から戻った時刻は、
       常喜方の時計でなら十一時半ころから十一時四○分ころまでの間となり、
       既述の高浜尚司、富山常喜、明美、むめらの証言とほぼ一致する。もっと
       も富山常喜は、高浜尚司と話した時間は七、八分だったと供述している。

高浜尚司が富山常喜方の外に出て戸を閉めると、石橋康雄も腰を上げ土間に下りた。
石橋康雄 夜中でも大きな声で、遠慮なく、「あした八日市場に行くのにどうせ車借りる
     んだら、今夜から貸してくんねいか」と言う。
富山常喜「ああ、いいけど、朝、明美が美容院に行くのに要っから、真っすぐ行かずにい
     ったんここに寄ってからにしろ」
石橋康雄「うん、分かった」
       石橋康雄の乗用車プリンスは、ブレーキの故障で三日ほど前から荒木自動
       車修理工場に出していたし、オートバイのモペットも岡見信頴に売られて
       しまっていた。だから、康雄はコロナを借りたのだが、康雄が富山常喜の
       車を夜中から翌日にかけて借りると言ったのは、これが最初で最後になっ
       た。
石橋康雄「それからあしたオートバイのこと、きっと決まりつけておいてくれ。世間で言
     っているが、その通りだ。あの野郎太い野郎だ。だまされた」
富山常喜「大丈夫だ。決まりつけておいてやっから、帰ってぐっすり寝ろ」
石橋康雄「くさくさして寝られっか。意地が焼けて」
富山常喜「鎮静剤でもあったら、飲んだらいいでないか」
石橋康雄「そんなもの、おれげさにあんめいよ」
富山常喜「アスピリンでも何でもいいんだぞ。アスピリン二、三錠飲めばよく眠れるよ」
石橋康雄「バイク、今日中に持って帰ると言ってたんだが、かかあに何て言うかな。本当
     にあの野郎太い野郎だ。おれだまされた」
富山常喜「おっかあには体よく言っておけよ」
石橋康雄「バイク頼むな。車借りてくよ」
       康雄は土間に突っ立ち、富山常喜は居間の座いすに座ったままの会話であ
       る。
石橋康雄 土間の流し場で水道の蛇口をひねると、水を一口か二口じか飲みして外に出、
     コロナを運転して本郷に帰宅する。

       富山常喜によると、康雄とのこの会話はせいぜい五分ほどしかかからなか
       ったから、康雄の退去時刻は十一時四二、三分だと捜査段階から一貫して
       いる。
       むめは四畳半の寝床の中で、唐紙越しに二人の会話のおおよそを聴いてい
       る。そして、ジャーという水道の音は聴かなかったが、水道から水の出た
       あと作動するカーというモーター音を耳にした。
       また、第一審の第五回公判(S39・4・16)で、検察官から「富山がアス
       ピリン二、三粒のめばなおると言ってから、富山が部屋の中を言ったり来
       たりしたとか、引出しをあけたとかの気配を感じたことはないか」と尋ね
       られ、「ありません」と答えている。更に、第十八回公判(S40・10・7
       )では、時計は見なかったが、先に高浜が帰り、そのあと五分か一○分た
       った十二時すぎに康雄が帰り、それから十二時半ごろ野中やゑから電話が
       かかってきたことだけははっきりしている、と証言する。
       康雄と常喜の二人だけの会話時間が、むめの言うように五分から一○分だ
       とすると、康雄の富山常喜方退去時刻は、富山常喜方の柱時計で十一時五
       ○分ころから十二時五分ころまでの間ということになりそうだ。
       こうしてみると、康雄の退去時刻で最も早いのが、常喜の主張する十一時
       四二分であり、最も遅いのが、康雄、常喜の二人だけの会話を一○分間と
       するむめの証言を採った場合の十二時五分ころということになるだろう。





☆石橋康雄はいつ発病したか。

石橋信子は小学六年の長男、同四年の長女とフジテレビの「君の名は」を見終わると、二
     五日夜九時ころ畳四枚を横に並べた細長い四畳間に、蚊帳をつって一緒に寝て
     いた。東隣りの八畳間に豆電球をつけ、仕切りの唐紙は開けたままである。
     信子は早朝からのナシのひきうりと、それに続く畑仕事でさすがに疲れ、横に
     なるとすぐ眠りに落ちていた。
石橋康雄 表の戸をガラガラと開け帰宅する。
石橋信子 夜中に突然、表の戸がガラガラと開く音に目を覚ました。
       あいにく柱時計は故障し、修理に出していたので、はっきりした時刻は分
       からないが、感じとしては十二時ころに思えた。
石橋信子 蚊帳越しに見ると、
石橋康雄 土間に入るなりシャツを脱ぎ、サンダルも脱ぎ捨てで八畳間に上がってきた。
     腹が出ているので、ズボンにバンドはしていない。だからボタンを外すと足を
     動かすだけで、すぐ脱げる。北側の六畳間にあるテレビの上に、車のキーをガ
     チャンとほうると、パンツと胴巻き姿になって蚊帳のすそをたくし上げ、信子
     の南側の寝床にもぐり込んできた。
石橋信子「遅かったな」
石橋康雄「うん、八日市場の方はすごい雨だった。こっちも降ったっぺ」
石橋信子「寝ちゃったから、分かんね」
石橋康雄「こんなにふるんだら、ナシ畑の水掛けなんかやんなくともよかったけな。おれ
     こわくてよ」
石橋信子「向こうが降ったって、こっちが降んね時もあっから、ナシ畑さ言ってみねば分
     かんね」。信子は雨の降ったことを知っていたが、ナシ畑は少々の雨では足り
     ないのである。
石橋康雄「かけただけのことはあっかな。おれあしたも八日市場に行くんだ」
石橋信子「また行くのか」
石橋康雄「用があっから、何でかんで行かなくちゃなんね」
     それから独り言のように、
石橋康雄「あの野郎ら、本当に土地買うのかな」とつぶやいた。
       石橋信子はまさか夫が自分の家屋敷を売り渡し担保の算段をしているとは
       露思わなかった。以前親類に土地を売る世話をしたことがあるので、また
       そんなことかぐらいに考えていた、と言っている。
石橋康雄「おれは免許証はないから、前の家のとうちゃん頼んで行くかな」
石橋信子「前のとうちゃん、ナシの当番で行かんなかっぺや」
       前のとうちゃんとは、すぐ東隣りで約三○・の距離にある農家の主、篠塚
       満男(三五)のことだ。康雄とは小学校時代の同級生である。
石橋康雄「そうかな」と言った切り、ぷっつり話がやんでしまった。
       信子の供述ではこのようになっているが、康雄は翌朝、運転免許のある高
       浜尚司と一緒に八日市場に行くことを約束していた。それに康雄はそもそ
       も無免許運転を気にするような人物ではない。
       だから康雄が本当に「前の家のとうちゃん、頼んで行くかな」と言ったか
       となると、どうしても疑問が残る。
       話がやんだのは、帰宅後わずか三分ぐらいのことだった、と信子の警察調
       書にあるが、検事調書では五分ぐらい、冒陳では「帰宅して二、三分の直
       後」、法廷証言でも二、三分ぐらいとなっている。
       判決文は康雄の発病について、第一審、第二審ともに「二六日午前零時二
       ○分頃帰宅し、部屋に上がって就寝せんとしたところ間もなく症状を起こ
       し──」としている。
       ところが、波崎済生病院の国保被保険者診療録には、家族(当時、信子以
       外の家族はいなかった)の供述として、
       「夜十二時すぎに帰宅し、数分〜一○分位寝ていたが、苦しみ始めて嘔吐
       あり、その後意識不明になり、口より泡をふいて苦悶状態を呈したので、
       病院に連れてきた」「当院玄関着0・50頃」と記載してある。
       康雄が帰宅後どのくらいで発病したか、信子の供述は相手によってかなり
       変転していることがうかがわれる。
石橋康雄 急に黙ってしまう。信子はどうしたことかと思っていると、

石橋康雄 寝床の中で突然、酒に酔ってもどす時のように、
     「うー、うー」と二回うなったが何も出ないようだった。それから
石橋康雄 いきなり飛び起きると、蚊帳をはね上げて土間に下り、表出入り口の戸を開け
     て外に飛び出す。軒下で、「ゲー、ゲー」と二回ほどやっていた。
       物が出た様子がないように、床の中で聞けましたと信子の警察調書にはあ
       る。が検事調書では、「口から物を吐き出している様子でした」と述べて
       いる。
石橋康雄 外へ出てから、土間に戻ってきて八畳間に上がろうとした。
       (警察調書では二分もたったかたたないかのうちに。検事調書では一、二
       分たったかと思うころ)
石橋康雄 上がりかまちからいったん転げ落ち、それからはい上がると、座敷をゴロゴロ
     転げ回り、足をばたばたさせながらのたうち回った。
石橋康雄「苦しい、苦しい」
石橋信子 ただごとでないと、蚊帳の中からはね起きる。
石橋信子「どうした、酒でも飲んだか」
石橋康雄「酒飲まねい、酒飲まねい。ああ苦しい、薬飲まされちゃった。薬飲まされちゃ
     った」
石橋信子「だれに飲まされた」
石橋康雄「箱屋の野郎に飲まされちゃった」
石橋信子「箱屋に飲まされたー」
石橋康雄「薬、はな二つ、あと一つ飲まされた。おれ、箱屋にだまされた」
石橋康雄 途切れ、途切れに三、四回これを繰り返した。いかにも苦しそうで、段々力の
     ない声に変わって、ついに何も言えなくなった。
       この時信子は、箱屋が富山常喜を指すとはすぐ分かったが、「箱屋から康
       雄が毒を飲まされたとは夢にも思わなかった。何かの薬をもらってその副
       作用か何かで苦しんでいるのかと思っていた」と言う。
石橋康雄がたいそう苦しそうにしているので、
石橋信子「医者呼んでくっから」と言いながら、吐く時のことを考えて座敷の雨戸とガラ
     ス戸を一枚ずつ開けておき、子供二人は起こさずにはだしで表へ飛び出した。
       信子としては、驚きはしたが、医者を呼び応急注射の一本も打ってもらえ
       ば、すぐ苦しみは治まるものと思っていた、とのちに証言する。
石橋信子 電話のある雑貨店野中やゑ方に一走りした。
       やゑ方は篠塚方から東に更に国道沿いに三○・ほどのところにある。
石橋信子 やゑ方に着くと、表の雨戸を激しくドンドンたたく。
       野中やゑ方はこのころ夫の精悦が肺えそで水戸の病院に入院中で、子供二
       人と八八歳になる義母を抱えての四人暮らしだった。やゑは一人で店を切
       り盛りする疲れから、夜九時ごろからぐっすり寝入っていた。
野中やゑ 突然、寝ていた六畳間の表側にある二畳間の雨戸が激しくたたかれるのを、夢
     うつつに聞いた。
       とっさに思ったのは、夜が開けたのに寝過ごして、朝の客に起こされたの
       かな、だった。
野中やゑ 三、四回たたかれてから雨戸を開けてみると、外はまだ真っ暗で、近所の信子
     がはだしの寝間着姿で突っ立っている。
野中やゑ「何だい、今ごろ」
石橋信子「今、とうちゃんが家で苦しんで転がっていんだ。だから医者にすぐきてくれる
     よう電話かけてけれ」
野中やゑ「電話、店にあっから自分でかけろ」
石橋信子「はだしできてんだ。上がれねいからかけてくれ」
       その時、雨は上がっていたが、信子はすっかりあわてて、唇をふかふかさ
       せていた。(野中やゑの証言)
野中やゑ 電話のハンドルを回してまず郵便局の交換手を呼び出す。
野中やゑ「もしもし、交換ですか。何番の小田医院さんをお願いします」
電話交換「はい、何番ですね。しばらくお待ちください」
電話交換「もしもし、小田医院につながりました。どうぞおはなしください」
       そのころの波崎の電話は、ダイヤル式でなく手廻しのハンドル付きの磁石
       式41M型電話器だった。
野中やゑ「もし、もし、小田医院だか」
看護婦 「はい、そうです」
野中やゑ「夜分にすみませんが、本郷の石橋康雄さんが急病で今苦しがってんだども、先
     生にすぐ来てもらえねえべか」
看護婦 「ちょっと待って下さい」、院長に告げてから、
看護婦 「今、お産にかかっているんで、往診はできません」
野中やゑ「そんですか、お騷がせしました」
野中やゑ「小田医院はお産にかかってんで、来てくれねいど」
石橋信子「どこでもいいからもう一軒医者早く頼んでけれ」
野中やゑ 再びハンドルを回して交換手を呼び出す。
野中やゑ「もしもし、交換ですか。何番の笹島医院さんをお願いします」
電話交換「はい、何番ですね。しばらくお待ちください」
電話交換「もしもし、笹島医院につながりました。どうぞおはなしください」
野中やゑ「もし、もし、笹島医院だか」
医  院「はい、そうです」
野中やゑ「夜分にすみませんが、本郷の石橋康雄さんが今急病で大変苦しんでだども、す
     ぐ先生に来てもらえねえべか」
医  院「先生は日曜で上京していて留守です。往診はできません」
野中やゑ「そんですか、お騷がせしました」
野中やゑ「笹島医院も先生が東京さ行ってていねえど。どうする」
石橋信子「仕方ねえな。そんだば隣りのとうちゃん頼んで、車でどこかの病院に運んでも
     らうべ」と言って駆け出そうとする。
野中やゑ「ちょっと待てよ。今ごろいったい何したね」。やゑは信子を引きとめた。
石橋信子「何食ったか知んねいが、家さ帰ってきて苦しがって、油玉みたいな汗流して、
     座敷をゴロゴロ転がってんだ」
野中やゑ 反射的に、康雄が前年、刺身にあてられ苦しんだことのあるのを思い出す。
野中やゑ「何食べてあてられたの」
石橋信子「今ね、箱屋で薬を二粒もらって飲んで、あとからまた一粒もらって三粒のんだ
     って、泡ふいて転げ回ってんだ。箱屋にだまされたって」
野中やゑ「そんなことはあんまい。何食べたか知らね。何の薬だかね、副作用でもあった
     か知んねいから、電話して聞いてみればいいのに」
石橋信子「なーに、あん畜生、本人には内緒で保険にも入れていたんだ。だからあん畜生
     に違いない。おれ急ぐからお前聞いてくれ」
石橋信子 篠塚満男方を起こしに駆け出して行った。
       保険がらみのことを、信子がやゑ方で口走ったかについて、信子とやゑは
       警察調書でも法廷証言でも、言わない、聞かないと強く否定している。け
       れど篠塚満男は、信子から保険がらみのことを聞いたと証言している。
野中やゑ 石橋信子が駆け出すと電話のハンドルを回し、交換手を呼び出す。
野中やゑ「もしもし、交換ですか。何番の富山常喜さんをお願いします」
電話交換「はい、何番ですね。しばらくおまちください」
電話交換「もしもし、富山さんにつながりました。どうぞおはなしください」
石津明美 富山常喜方居間の六畳間に寝ている。足元で鳴るけたたましい電話のベルに眠
     りを破らる。
石津明美「もし、もし」
野中やゑ「明美ちゃんか」
石津明美 電話の声ですぐ雑貨店のやゑと分かる。
富山常喜 隣りの四畳半から電話のベルですぐに起き出しそばにくる。
野中やゑ「あんたの家で一体何のましたんだ、あんたの家で何か薬を飲まされて急に変に
     なっちゃったと騷いでいるが、あんたの所では一体何をしているんだ」と言う
     が、
石津明美は野中やゑから何も聴かずに受話器を富山常喜に渡す。
       この時、明美は時間の区切りに気を配る美容師の習性で、四畳半の東側に
       かかっている柱時計に素早く視線を投げた。開いた唐紙の間から、四畳半
       の豆電球の明りで、針がきっかり十二時三○分を指しているのが見えた。

富山常喜 電話器を明美から受け取り、野中やゑと話をする。
野中やゑ「お宅で薬飲まされたと言って苦しんでいると言って康の母ちゃんが来てっけれ
     ども、何の薬だ。医者をどこ起こしてもだめだ」
富山常喜「何も家では飲ませてない」と言い、電話を切る。
石津むめ 富山常喜と野中やゑの電話のやりとりの間、起き出してくる。
富山常喜「康がおかしくなっちゃって、医者をどこ起こしてもだめだと言うから、俺送っ
     て行って来るから」。と言いながら、アンダーシャツにズボンという支度で運
     転免許証を持ち、眼鏡をかけ自転車で出掛けて行く。
石津むめ「康雄がおかしくなったらしい」と石津明美に言う。
石津むめ「さっきまで元気でいたのに」
石津むめ 富山常喜が家を出て直ぐに、野中やゑ方へ電話をかけるのに、電話のハンドル
     を廻し、交換手を呼び出す。
石津むめ「もしもし、交換ですか。何番の野中やゑさんをお願いします」
電話交換「はい、何番ですね。しばらくおまちください」
電話交換「もしもし、野中さんにつながりました。どうぞおはなしください」
石津むめ「もしもし、野中やゑさんのおたくですか。」
野中やゑ「はい、そうですが」
石津むめ「石橋康雄さんがおかしくなったてーが、どうしたっぺか」
野中やゑ「信子さんが言うに、康が泡をふいて座敷中転げ回っている。康は箱屋にだまさ
     れて薬を三粒飲まされたと言っとるが、わしは、そんなことなかっぺ、と言っ
     たら、信子さんは『何ーあん畜生だ。本人に内緒で保険にも入っていたんだ』
     と言ってた」
       むめと明美は、むめがこの夜折り返し野中やゑに電話した時、やゑから石
       橋康雄の保険のことを聞かされたと証言し、石橋信子や野中やゑと真向か
       ら対立している。


石橋信子 篠塚方に飛んで行き、やゑを起こした時と同様に雨戸を激しくたたいた。
       篠塚方は信子方とやゑ方のちょうど中間にあり、どちらの母屋からも三○
       ・ほどの距離にある。
篠塚満男 この夜中に何だろうと目を覚ます。時計を見ると午前零時二五分だった。
       やゑの電話が富山常喜方に通じた時と、篠塚が信子に起こされた時とはほ
       ぼ同時刻である。だから、富山常喜方時計の零時三○分と篠塚方時計の零
       時二五分とはほぼ同じと見ていい。つまり、篠塚方の時計は富山常喜方の
       時計よりこの時五分だけ遅れていたことになる。
篠塚満男「何したね」
石橋信子「夜中に起こしてすまねが、今おらげのとうちゃん苦しがって座敷を転げ回って
     んだ。そんでやゑさんに頼んで医者を呼ばったが、小田医院はお産にかかった
     ばかりだし、笹島医者は東京さ行っていねえと断られたんだ。とうちゃんとて
     もほっておけねえから、どこかの病院さ車で運んで診てもらうより仕方ねえ。
     夜中で悪いけんど、車はあっから、満男さん運転してくれねべか」
篠塚満男「そりゃあ大変だ。すぐ行ってやんべえ、だけどどうしてだか」
石橋信子「何食ったか知んねいが、さっき帰ったきて床に入ってから急に苦しみ出し、油
     玉みたい汗流して転げ回ってんだ」
篠塚満男「何の病気だべ」
石橋信子「とうちゃん、箱屋に薬飲まされて具合悪くなったって言ってんだ。ひとのおや
     じにこのようなことして忘れるもんか。だばおれ、家に帰ってから、すまねえ
     けどなるべく早く頼むわ」
石橋信子 篠塚夫婦が身仕度を始めたのを見届けると、二人が表へ出てくるのを待たずに
     自分一人先に自宅に駆け戻る。

       石橋康雄発病後の時間的経過だが、まず康雄が発病してから信子がはだし
       で飛び出すまでの時間は、二、三分あったと見るのが妥当だろう。
       検察官の冒頭陳述は、これをほぼ一分間でできたと見ているようだが、合
       理性に欠けると言わざるをえない。
       次に鹿島警察署捜査係長大内朝吉は、第一審の第七回公判で自らが作成し
       た昭和三八年十一月二七日付実況検分調書に関し、左のように証言した。
       「信子が家を飛び出し、野中やゑ、篠塚満男方を経て、再び帰宅するまで
       の時間が全部で十三分間だった。しかし、康雄の帰宅時刻、発病時刻、や
       ゑに電話を頼んだ時刻、篠塚方に行った時刻、再び帰宅した時刻などの区
       切りは分からない」
       そこで、石橋信子が飛び出しやゑ方を経て篠塚を起こすまでの時間と、そ
       れから信子が再び自宅に帰着するまでの時間の配分を考えると、前者の時
       間を八、九分、後者の時間を四、五分とするのが妥当ではあるまいか。
       とすれば、康雄が発病し信子が篠塚方を起こすまでの時間は一○分から十
       二分ということになる。
       従って、富山常喜方の柱時計による限り、石橋康雄の発病時刻は午前零時
       十八分から二○分ころまでの間ということになるだろう。

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