白砂巌の『鏡よ鏡』以後の詩的表現 ・白砂巌の詩歌的世界
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白砂巌の詩歌的世界
 
道のゆくえ2006年にあたってだきしめていたい巡り合えて、巡り合えて巡り合えて、巡り合いて(ひそやかな思いにかさねて)夢を夢で終わらせないためにいのちの川を私は流れている思いをいたしてくれますか最後のひとときこの世に生まれて

 
道のゆくえ  2006.6.17

ゆくえの見える道を歩いて来た訳ではないが
辿り着いた先の交差点には
かつて出会い、いつしか別れ別れになって
それぞれの道を歩いてきた友の姿が
見え隠れする時代に僕もいる

ゆくえの見える道を歩いて来た訳ではないが
辿り着いた先の交差点にいる僕には
この先、どんな道が続いているのだろうか
思いとは別に、これから展開する世界が
どんな姿をしているか
いまの僕には、まだ何も見えない
いまの僕には、まだ何も分からない
いまの僕には、まだ何とも言えない
でも、ゆけるところまでゆくよ
誰に請われた訳ではない
自分で歩きだした道だから
信じるままに、目の前の自分の道をゆく
 
2006年にあたって 
 
過ぎ去る時間の中に
帰って行くいのちと新たないのちの誕生
いくたの汗となみだをにじませた大地に
人の喜びと悲しみの息づかいが生まれる
日々のいとなみの中で
生きるとはいのちをかけること
例え傷つき失うものがあっても
自らを支えてくれるいのちは私のほこり
生きとし生けるものの
いのちを生かし生かしあう世界は
自らの扉を自ら開けば開かれる
いざゆかんこのいのちつきるところまで
              2005.12.30
 
過ぎ去った時間の中に
人のよろこびと悲しみの息づかいがある
いくたの汗となみだをにじませた大地に
帰っていくいのちと新たないのちの誕生
日々のいとなみの中で
生きるとはいのちをかけること
例え傷つき失うものがあっても
自らを支えてくれるいのちは私のほこり
生きとし生けるものの
いのちを生かし生かしあう世界へ
自らの扉を開きいざゆかん
このいのちつきるところまで 
             2005.12.30
 
ふりつもる時のうえに
人のよろこびと悲しみの息づかいがある
いくたの汗となみだをにじませた大地に
帰っていくいのちと新たないのちの誕生
日々のくらしの中で生きるとは
いのちをかけること
例え傷つき失うものがあっても
自らを支えてくれるいのちは私のほこり
生きとし生けるもののいのちを
生かし生かしあう確かな旅を始める
新しい年にしよう
                   2005.12.28
 
だきしめていたい  2005.7.10

だきしめていたいあなたを
それぞれのいのち歩み続けて
めぐりあえたから
生まれてくれてありがとう
あなたがのぞむなら
このよろこびでだきしめていたい
きっときっときっと
二人のいのちがとけあうから
ずっとだきしめていたい

だきしめていたいあなたを
まどいの果ての響き合うこころに
めぐりあえたから
向き合ってくれてありがとう
あなたがのぞむなら
このよろこびでだきしめていたい
もっともっともっと
二人のこころがうちとけるから
ずっとだきしめていたい

だきしめていたいあなたを
二人で過ごせる時代に生まれて
めぐりあえたから
そばにいてくれてありがとう
あなたがのぞむなら
このよろこびでだきしめていたい
そっとそっとそっと
生きていく二人で覚えたこと
ずっとだきしめていたい

だきしめていたいあなたを
一度限りの人生にふたりが
めぐりあえたから
生まれてくれてありがとう
あなたがのぞむなら
このよろこびでだきしめていたい
二人のいのちがもえつきる時までも
ずっとずっとだきしめていたい

生まれてくれてありがとう
出会ってくれてありがとう
だらかあなたをだきしめていたい
 
巡り合えて、巡り合えて  2005.7.10

ひとり、またひとり
まどいながらの初めての
それぞれの旅のまにまに
巡り合えたよろこびで
生きとし生かしあうもののいのち抱きしめて
いつまで続くかわからない旅でも
いっしょに歩いてみませんか
いっしょに旅してみませんか

ひとつ、またひとつ
出会いつづける初めての
それぞれの思いのまにまに
かよいあえたこころで
生きとし生かしあうもののいのち織りなして
どんな姿になるかわからない営みを
いっしょに紡いでみませんか
いっしょに創ってみませんか

いっぽ、またいっぽ
あゆみつづける初めての
それぞれのいのちのまにまに
地球の青さよりも青く
木々の緑よりも緑に
錦の草花よりも錦に
地球という星染めてみませんか
地球という星包んでみませんか
 
巡り合えて、巡り合いて
 (ひそやかな思いにかさねて)
  2005.7.10

ひとり、またひとり
まどいながらの初めての
それぞれの旅のまにまに
巡り合えたよろこびを
生きとし生かしあうもののいのちで抱きしめて
いつまで続くかわからない旅でも
いっしょに歩いてみませんか
生きとし生かしあうもののいのちを織りなして
どんな姿にできるかわからない営みを
いっしょに紡いでみませんか
地球の青さよりも青く
木々の緑よりも緑に
錦の草花よりも錦に
地球という星を染めてみませんか
地球という星を包んでみませんか
 
夢を夢で終わらせないために  2005.10.7

ひとつの共同住宅という、
ひとつ屋根の下に暮らす者が、
できない者もできる者も
助け合い補い合う
生活を実現したいという
夢を夢で終わらせない
そんな決意で生きている
実現するために生きている
夢を夢で終わらせないために

でも一皮むけば体ガタガタ
歳相応におやじ臭くなり
手抜きでだらしなくて
がさつでかっこ悪くて
それでも追い求めている
夢を夢で終わらせない
いのちに向き合う人を
夢を夢で終わらせない
いのちに向き合う人を

ひそかな思いをいえば
あなたとなら自然に
お互いのいのちに向き合い
生きていける気がしています
だから私に応えてくれる気が
あなたに沸き上がってくれたら
どんなにうれしいだろう
そんなあなたであったなら
精一杯抱き続けていたい
あなたを・あなたのいのちを

あなたよりも20歳以上も
私は生きてきたのだから
私と生きることになったら
あなたは人生の後半を一人で
過ごすことになるでしょう
でもあなたを囲む別の家族をも
創っていこうとしてる私の側にいて
歩んでほしいと願っています
ひそかに私は願っています
あなたのいのちを
精一杯生かしたいと
このいのちも生かしきるために
夢を夢で終わらせないために
 
いのちの川を私は流れている  2005.10.10〜13
 
苔むす岩のあいだからしみだす
一滴の水から川が始まるように
いのちの一滴の雫から始まった
いのちの川を私は流れています
流れる川の長さに違いがあるように
ひとのいのちもまちまちに流れ
自分のたどりつく果てが
どこかを知らないそんな流れに身を任せ
身悶えしながら流れてきた
川のほとりにたたずんで物思いにふけながら
自分のいのちの川を見つめると
まだ、幸いにも私のいのちの川は流れている

共同住宅のこといつから考えていたの
20年前から、いやもっと前から
そんな会話の間に
あなたの目の中にそのままの私が
映し出されているのを感じました
そんな目をしたあなたに
どうしてほしいのか
そばにいて支えてほしいと願う
いまいっしょに生活してくれて
あなたが私を抱き留めてくれたら
どんなに心やすまるだろう
私からいっしょになってくれと
躊躇していえない歳の差が
あなたとの間にはあるのだから
いまの感覚の私が若かったら
ほんとうはよかったのにとも思う
同世代の男と女として
生きていけたのにと思う

目を閉じて想像してごらん
一滴の雫から始まった一つのいのちが
赤ん坊からはいはいをして歩きだし
幼児期をすぎて学校に通うようになり
一人は少年から男性へと
一人は少女から女性へと
いのちの川の流れに身を任せ
身悶えしながら生きた
いくつかの曲折があったにしても
よくぞここまで育って
自分を支えてくれたいのちと
それだけで自分に感謝して
感謝したりないことのない
いとしいいのちなのだから

あなたを育んだいのちに出会って
私はそのいのちを抱きしめていたい
ほんとうにそう思っています
この先どこへ私が行くつくにしても
私は私のいのちの川を流れていく
でも私のいのちの旅は
あなたのいのちの川の流れと
添うように流れていきたいと願う
こんな気持ちに改めてなった
あなたに出会えただけでもうれしい
そんな思いをしています
 
思いをいたしてくれますか    2005.11.24〜

思いをいたしてくれますか
いのちを育む所に止まれず
人として生まれることなく
いのちを絶った
いくたのいのちがあったことを

思いをいたしてくれますか
いのちを育む所に辿り着いても
人として生まれることなく
いのちを絶たれた
いくたのいのちもあったことを

思いをいたしてくれますか
人として生まれはしても
病 (やまい)や障害のゆえに
いのちを絶った
いくたのいのちもあったことを

思いをいたしてくれますか
人として生まれはしても
病や障害のゆえに
いのちを絶たれた
いくたのいのちもあったことを

思いをいたしてくれますか
人として育つ機会を失い
無念を噛みしめて
いのちを絶たった
 
最後のひととき  2006.9.28

最後のひとときを想像してみる
私は仰向けに横たわりいよいよ自分の意識が
自分の肉体から消えていくその一瞬のひとときを
感じた時、私は何を思うだろうかと
生まれてこの方、記憶にある自分の越し方か
それとも出会ったすべての人びとが
走馬灯のように次々と顔を見せてくれるのか
いまは亡き父や、そして母の姿か
それとも別れはしても一時は
夫婦として過ごした女性たちか
44歳でいった友は一編の小説を書き
一編の映画を撮ってきたと語った
私も成しえなかった何かをなして終わるのだろうか
そして、まあまあいい人生をおくれたと
であったみんなにありがとうと思うだろうか
最後のひとときを想像してみる
もう、あしたという日のない今宵の眠りの中で
そして、となりにいるかもしれないあなたの
ゆくすえが実りあるものになるように
また無事でありますようにと
願うこともあるのだろうか

 
この世に生まれて 1985.5.22
        
この世に生まれて
たとえば人から 
歓迎されずに  
生きたとしても 
同じいのちを  
生きるものとして
わたしはあなたを
歓迎するだろう 
        
この世に生まれて
たとえば自分を 
祝福できずに  
生きたとしても 
同じいのちを  
生きるものとして
わたしはあなたを
祝福するだろう 
        
この世に生まれて
たとえばわたしが
眠ったままで  
生きたとしても 
いのちををまるごと
生きぬく自分を  
それでもわたしは 
すばらしいと思う

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