白砂巌の『鏡よ鏡』以後の詩的表現 ・追悼の歌
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追悼の歌
 
高橋昇に贈る手紙ある駅の物語名残の蝉が鳴く君のところへ幸ちゃん(市瀬幸子さん)へ。テレビもない。ラジオもない。

 
高橋昇に贈る手紙
 
ねつかれない一夜が明け、私は
久しぶりに電車の乗客となった
何も知らせずに逝った高橋昇の葬送に参加するために

水くさいぞと思う反面
自分が同じような状況にいる時には
たぶん私もそうしていただろうと思う

ガンをわずらっていたといえ
よもや死ぬとは思っていなかった彼が
死ぬのはまだ早い
おまえのやることはたくさん残っている
戻ってこれるものなら早く戻ってこい

すまん。これは早とちりだと言ってくれてもいい
きっとおまえも死ぬつもりもなかったし
まだまだやりたいことの半分もやっていないだろう
だから、あとは引き受けたとは言わない
やりたければおまえがやれ

一人おまえの元へ向かう電車から見た
伊豆の海の波しぶきが、私の目にまぶしかった


木の芽がむくむくと顔を出す
こんないい季節に何も死ぬなんて

2年前に撮ってきたという
いい写真に収まることがおまえの夢?
そうではないだろう
カッコ悪くてもいいからもっと生きてほしかった

死の眠りにつく前の眠りの中で一冊の小説を書き上げ
一本の映画を撮ってきたというおまえ
「いい人生だった」ともらしていたというおまえ
はた目からもおまえは
やりたいようにやっていたと映る
それで自分が望んだような結果をえられたかどうかは別に

おまえの二度とさめない寝姿を見た時、私は
おまえに再び生きよとは言えなかった
おまえは見事に
おまえのいのちの火を使い果たしていた

私やいくたの仲間がおまえと過ごした時間は
ぼくらの青春そのもの
青春の仲間だったおまえを
私はほこりに思う

いい時間をありがとう

              1997.5.13 記 白砂 巌
 
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1997.5.11 高橋昇享年44歳 大腸がん 午前零時29分死亡

1996年8月  手術
1996年暮れ  下痢状態
1997年1月末 腫瘍らしいとレントゲン検査
1997年2月        レントゲン検査 がんは進行していた
 
 
ある駅の物語    2004.9.1
 (テレビの列車の旅を見て)

百年たっても建ち続けた
駅があった。
人は汽車で出掛け汽車で戻ってきた。
時には汽車が戻っても人はいなかった。
それを見つめる人がいた。
  百年たっても建ち続けた
  駅があった。
  汽車に乗り嫁いでいった人がいた。
  汽車に乗り嫁いで来た人がいた。
  それを見つめる人がいた。
百年たっても建ち続けた
駅があった。
汽車が来ても乗る人が減り
汽車に乗って来る人も減った。
それを見つめた人影もない。
  それでも建ち続けた
  駅があった。
  汽車で嫁いできた人が花をいけ
  駅を見つめた人が戻ってきた。
  駅の手入れをするために。

百年たっても建ち続けた
駅の話。
 
名残の蝉が鳴く   2004.11.6
  夏の風、気温25度の風。

秋めいた日の昼下がり
去りゆく夏を惜しむように
夏の暑さが顔を覗かせる
森の奥深くひぐらしの声ひとつ
  千年の伽藍に響くように
  今年もまた名残の蝉の声
  聞きいる旅人もひとり去り
  旅の果てなむ道に続く足跡
夏の盛りはとうに過ぎ
秋の実りの季節の中で
いっときの夏の風が吹く
名残の蝉が森の奥でまたひとつ
  来年も蝉は鳴くだろうか
  去りゆく人の別れを悲しみ
  去りゆく季節を惜しむように
  受け継いだいのちが止むまでは

 
君のところへ    2004.11.6

ひとの誕生の過程は
生命の誕生から進化の歩みを繰り返す
赤ちゃんの成長は
四足歩行から二足歩行への進化の歩み
ひとはわずか2年前後でやりとげる
わずか2年のあいだに
難にあういのちもあるけれど
めげずに生きている
それだけですばらしい

このいのちが脈打つあいだ
その足で世界を踏みしめ
その目で光をたよりに世界を見つけ
(またその手ざわりで世界を見つけ)
その耳で音をたよりに世界を聞き分け
その手わざで世界を創造し
その頭で記憶して
そのこころに焼き付ける
そしてこころを伝えてく
それだけですばらしい

若者よ
残された者は年老いても
君はまようことなく
このいのちを生きていけ
このいのちを生かして生きていけ
このいのちを生かしあって生きていけ
それだけですばらしい


いくたの生と死を折り重ね
いのちの旅はアフリカから
いま君のところへ

 
幸ちゃん(市瀬幸子さん)へ。 2005.2.21

かなしいよ、さびしいよ。
52歳の "若さ”で君が死ぬなんて
「さっちゃんがね」と、
「さっちゃん」「さっちゃん」の
愛称で呼ばれた君が
最近は行き来することが
なくなっていた私たちだけど
「さっちゃん」
君の愛らしい笑顔は私たちの宝です
その笑顔にもう会えないなんて
かなしいね、さびしいね。

幸ちゃん、あなたの詩集を読んでいます。
20年前のあなた、10年前のあなた。つい最近のあなた。
恋するあなた。夢見るあなた。かなしむあなた。
そこにはもう一人の私もいた
みんな夢の中の出来事のように
過ぎ去った時間の中で
確かに私たちはあなたに出会っていた
でも、あなたのほんとうの悲しみと
ほんとうの歯がゆさをつい聞くことはなかった

私たちはそれぞれに体の機能障害に出会って
痛みに襲われることもたいへんなこともあるけれど
けなげに、いたいけに、それでもめげずに生きる
障害をともなったいのちをかかえて出会い
同じ時間を分かち合っていた
それぞれの場所で同じ夢も見ていた
でも、そのいくばくも実現できずに
君は私たちの手を離れて届かない世界へ旅だった
それでも、私たちが君の笑顔に出会えたこと
うれしかったよ、ありがとう。
たのしかったよ、ありがとう。

まだ、めげずにいのちを支えてもらっている
この体で、あなたと夢見たことの一つも
しっかりとこの地上に実現して
これからも生きていくよ
時々はあなたの笑顔、思い出しながら
だから、あなたに出会えてほんとうによかった
あなたの笑顔は私たちの宝
あなたのいのちは私たちの誇り
だから、あなたに出会えてほんとうによかった

 
テレビもない。ラジオもない。 2005.4.16
                (ラップ調に)

テレビもない。ラジオもない。
光をためとく装置もない。
そんな時代に生まれた御仁
かじかむ体とかしてくれる春は
桃は咲いたか、桜はまだか。
この世の見納めに見なずばすむまい。
映る姿はすべて生。聞こえる音もすべて生。
花より先に来てみれば春は迷子になったかと
花に遅れて来てみれば雪の跡かと間違うばかり。
心に残る生の影。心に響く生の音。

テレビもない。ラジオもない。
音をためとく装置もない。
そんな時代に生まれた御仁
しげる青葉に凉を求める夏は
蝉は鳴いたか、ほととぎすはまだか。
この世の聞き納めに聞かずばすむまい。
映る姿はすべて生。聞こえる音もすべて生。
時雨の森に一声聞いたと自慢して
星明かりの夜に二声聞いたと悦に入り
心に残る生の影。心に響く生の音。

テレビもない。ラジオもない。
光をためとく装置もない。
そんな時代に生まれた御仁
虫の音(ね)に月の光がふるえる秋は
空は晴れたか、名月はまだか。
この世の見納めに見なずばすむまい。
映る姿はすべて生。聞こえる音もすべて生。
山の端みれば紅葉色づく山影に。
月明かりが極楽浄土を映し出す。
心に残る生の影。心に響く生の音。

テレビもない。ラジオもない。
音をためとく装置もない。
そんな時代に生まれた御仁
山も野も木枯らしに震える冬は
梅は咲いたか、うぐいすはまだか。
この世の聞き納めに待ちこがれてる。
映る姿はすべて生。聞こえる音もすべて生。
氷も張る夜明けに初声聞いたと自慢して
梅の香ただよう庭で二声聞けたと悦に入り
心に残る生の影。心に響く生の音。

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