− 私やあなたのお気に入りのひとこと・木喰─微笑仏にさそわれて─ −
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木喰─微笑仏にさそわれて─
 
・木喰五行上人・(1718〜1810) 山梨県西八代郡下部町丸畑の生まれ。伊藤六兵衛の次男
生涯に彫った仏像が一千余体。自筆の紙位牌(1810.6.5)

ながかれと思ふ命をたのしみに なむあみだぶをねてもおきても
四とし経てきやう立そむる佐渡島をいつ来て見るやのりのともし火
木喰のはだかのすがたなかむれば のみやしらみのえじきなりけり
木喰も道にはまよふはらはへる こよひはここにからのだんじき
いつまでかはてのしれざるたびのそら いづくのたれととふ人もなし
しやばにきてこきやうの道をうちわすれ 和尚も人に道をたずぬる

皆人は神と仏のすがたなり なぜに其身をしんぜざりけり
みな人の心のぐちはいらぬもの ふじやう(不浄)けがれとおもへ人々
あさましや理も非もしらぬぐちとぐち にてもやいてもくわざりけり

ゆだんしてあさきゆめみししやれこうべ しるしの塚にとうば一本
いつまでもおる娑婆なればよけれども 今にも行けば捨る宝ぞ

仏法にこりかたまるもいらぬもの みだめ(「弥陀目」 か) にきけばうそのかたまり
ざぜんしてなにを悟るかしらねども 心の姿たみつけざりけり
仏法は唯深からず浅からず 人は人なり 我は我なり

前の世にかしたるものをとるならば 利足をそゑてとれよ盗人

風ふかば心のくもをふきはらい いつもすずしけ十五夜の月
みな人の心をまるまるまん丸に どこもかしこもまるくまん丸
まるまるとまるめまるめよわが心 まん丸丸く丸くまんまる
みな人はこの世ばかりをたのしみて また来る春はなにをくふべき
みな人の心ごころをざんげせよ 神も仏もいさみまします
身をすてて浮かむ瀬も無くおれにによ 済度の道に叶わぬはなし
身をすててまだ身もあると思ふべし この世はされど残る面影
空空の衆生をみれば慈悲菩提 心ろをみれば三集なりけり
唯人は己わ がぶんげん(分限)とみをくらば 人の中にも人の人人
皆人の行かねばならぬ関守に 抜け道もなき閻魔大王
仏法は善きも悪しきも隔てなく わが本願にもらすものなし
善悪の二字は則(即?)父と母 心の内に常がけにせよ
堪忍の二字は則(即?)父と母 心の内に常がけにせよ
木喰のかたみのふでのおもかげを よくよくみても南無阿弥陀仏
木喰のかたみのふでのおもかげを 心にかけよこの世のちの世
南無阿弥陀仏 かけてぞたのめホトトギス 生死(障子)一重は地獄極楽
朝日さすその日に向う国分寺 国安のんを守る五智山
東西や南に北る人々に なでさすらへて □□□□□□□
東西や 南に北る 福寿草
 南無阿弥陀仏 ひもじくもなし 年の暮
 福は内 まめて納むる 年の暮
 めでたさを 重ねてのむや 若えびす
 めでたひを おさえてのむや 若ゑびす
 大黒と 七福うちへ とりさかな
 巳の年も まめでうち込め 福は内

関連文献
「信濃・越後・佐渡 木喰仏の魅力」 株式会社郷土出版社 1998.11.9
          長野県松本市芳川小屋594-45 ・0263-86-8601
             振替00560-1-5669
「木喰─微笑仏にさそわれて─」 木喰スマイル会編著 鉱脈社
                宮崎市田代町263  ・0985-25-1758
「柳宗悦撰集 第九巻」 柳宗悦  春秋社  1955
「民芸四十年」 柳宗悦  岩波文庫  1984
「木喰仏巡礼」  木喰会編 有峰書店新社 1984
「野に生きる仏 木喰上人」 広井忠男      1984
「木喰の旅」  山梨日日新聞社     1986
「風と菩薩の物語」   木立光俊 三恵プリント 1991 (平成3年)
「天領と日向市」    甲斐勝  ぎょうせい  1976
ほか

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