2020年度4冊目 
Silverberg, Robert - To live again (1969) 
ロバート・シルヴァーバーグ『いまひとたびの生』

 

読書期間20.3.29-4.27 05.25掲載


 シルヴァーバーグ継続中、で四冊目。今回は少し迷ったが、邦訳のある'To live again'にした。訳出ストック確保のためにできれば未訳のものを選びたいのだが、どうやらシルヴァーバーグ、出来不出来の差がけっこう激しいようだというのが前回読んでの感想。すでに訳本のある、ある程度定評のある作品を選んでおいたほうが無難かもしれない・・・尤も80冊余りの作品を持つ作家のこと、未訳本の中にもけっこうな数の佳作・良作・傑作が隠れているかもしれないので、今後ともチェックは怠らないように心がける所存ではある。

 1969年にシルヴァーバーグが予想した21世紀初頭の未来社会は・・
 ・99%の貧困層と1%の富裕層からなる超格差社会。
 ・すべての特権から切り離された貧困層は、様々なアトラクションからカジノ、ラブホまで備えた遊興施設の人工島に繰り出しささやかな散財をすることでガス抜きされ、社会的不平等に対して無感覚になっている。
 ・貧困層ではいまだに現金が使われているが、富裕層の間では完全にキャッシュレスのカード決済社会になっており、お札を見たことがない人もいる。
 ・人の意識を丸ごと記録・保管する技術が開発され、死んだ後も他人の脳にそれを移植することで「生まれかわる」ことができるようになっている。また、移植される側にとっても他人の知識や経験を取り入れることができるので大きなメリットがある。記録、移植ともに莫大な費用がかかるため、これが富裕層の主な特権となっている。

 まずは社会状況の予測が、最後の一点を除いて、驚くほど、当たっている。なので今「半世紀前に想像された現在よりもすこし過去」の話を読んでも、あまり違和感がないのが面白かった。
 物語は、亡くなってまだ間もない、とある経済界の大立物の意識の移植をめぐって、新興目覚ましい実業家と、大立者の甥である財閥の後継者とが権利の奪い合いをする。そのいきさつを中心として、たくさんの登場人物が様々な事件を引き起こしたり、巻き込まれたりするというもの。
 たくさんの登場人物が出てきて最後まで誰が主人公なのかはっきりしない。新興実業家のギリシャ人が最初から物語を引っ張るので彼が中心のようでもあるが、途中から出てきて物語の前半はずっと裸のまま動き回る十六歳の財閥のおてんば娘が実は主人公なのかもしれない。多数の登場人物それぞれにまつわるエピソードは「脳内に他人の意識を移植して共生する」ということをめぐっての様々な事例研究という色彩が強く、思考ゲームとしての面白みがある。たとえば、死んだ他人の意識を移植することで、元の人格の未熟な部分が補完されて人間的な成長が達成される場合があれば、移植された人格とウマが合わず絶えず脳内が争いの状態になる場合もあり、さらには移植された人格に元の人格が完全に乗っ取られてしまうこともあったりする。元の人格が殺されて体を乗っ取られても、たいていは元の人格のふりをし続けることで乗っ取りは闇に葬られるが、事件が明るみに出た場合は乗っ取った人格も消去されて後には空の肉体だけが残るとか。また、死者の人格の移植は一人だけにとどまらず、何人もの人格を脳内に住まわせていることがある種のステータスになっていたり・・・そういった様々な例が、単に個別に語られるのではなく物語に緊密に織り込まれて展開していく。

 ストーリーテリングの巧みさは驚嘆に値する。ものすごく面白い。言語の壁さえなければたぶん止められず一気読みしてしまうレベルの面白さ。
 ただ、人物の造形は例によって彫りが浅く、どいつもこいつも類型的だし、特に女性に魅力がないなぁ・・。まあ、作者のつもりとして、人物を描こうなどとははなっから意図していないのであろうけれど。

 英文は、難解な単語が好んで用いられてはいるものの文章自体は文法に忠実で、高校英文法をしっかり身につけていればサクサク読めるだろう。会話文もさほど難しくはないと思う。ただ、冒頭しばらくは状況説明抜きでアメリカで流行っているラマ教寺院(輪廻転生が実現したので仏教が身近になっている)を訪問する描写などが続くので、ここを切り抜けるのが最大の難関かもしれない。

★★★★☆


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