2020年度7冊目

Silverberg, Robert - The Secret Sharer (1988) 

 

読書期間20.7.13-29 08.03掲載


 またもやシルヴァーバーグ、今年6冊目。今回は100ページにも満たない中編である。

 タイトルのThe Secret Sharerは、ジョウゼフ・コンラッドの中編小説『秘密の共有者』と同じもので、はじめて船の指揮を執る若い船長の一人称語りという点でも共通点がある。さらに逃亡者をかくまうという話の筋も共通する。だからこの作品は明らかにコンラッドへのオマージュであろうし、それは『大地への下降』でも、物語が下敷きにされているのはもとより、カーツという登場人物をはじめとして『闇の奥』への露骨なまでの言及がされていたことを思えばさほど意外性はない。が、それにしても、よっぽどコンラッドがお好きな様子である。
 なお、コンラッドの『秘密の共有者』は、『シャドウ・ライン/秘密の共有者』という単行本で現在翻訳が入手可能である。これは僕の事務所「八月舎」が出した本で、僕は編集から組版、校正、装丁まで全部やった(翻訳はしていない)、だからけっこう思い入れのある作品なのである。そんないきさつもあって、これは是非読んでおかねばと思い読んでみた次第。

 が、内容はコンラッドのが非常に硬派な男の物語だったのに対し、こちらはかなり甘口のロマンスであった。
 ある青年が、銀河を股にかけて物資や人員を植民星に輸送する巨大な宇宙船に、船長として初めて搭乗する。宇宙船はそれ自体が巨大なものだが、なにか亜空間のようなものを身にまとっており、物資や資材、武器の類はそちらに格納している。航行しているのも現実の宇宙とは別の空間のようである。また、植民星に移民や作業員を運ぶにあたり、多人数の人間を運ぶ余地がないため、冷凍睡眠下で運ばれる僅かな例外を除き、マトリックスと呼ばれる、電気的に抽出されデータ化された魂を大量に収納している。目的の星についたら、それらの魂は先方で用意している受け入れ先(つまり、脳死状態の体)に注入されるのである。
 ある日、微妙な違和感を感じた若き船長は、一体のマトリックスが格納庫から逃亡し、冷凍睡眠下の一人にとりつこうとしてショック死させたうえ、探索を逃れて船内をさまよっていることを知る。違和感は、そのマトリックスの存在をテレパシー的に感知したことから来たのだった。やがてヴォックスと名乗るそのマトリックスと交信するようになった彼は、潜伏場所を求めるその少女の魂を、自分の脳内にかくまうことにするのだが、探索の手はやがて・・というお話。

 シルヴァーバーグの、他人の魂を脳内に共存させる話、これで連続三作目である。これはたまたまなのか、それともこの人、こういう話ばっかり書いてるのか・・。いずれにせよなんだか慣れてしまい、このアイディア自体にはいささか食傷気味になってしまった。
 物語自体もいささか平凡な気がしたが、甘口で口当たりがよい。宇宙もののSFというよりはLSD小説のようなサイケデリックな感触もある。そして読みながら連想されてならなかったのが、萩尾望都のSF作品群だった。なんだか、とても似た感触を感じた・・。これを原作にマンガ化してもらえれば、かなり印象深い名作になるのでは・・なんて思いながら読んだ。結末もハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、納得のいくもので、一抹の哀愁もあり、悪くなかった。

 英文はコンラッドへのオマージュだけあって、かなり難しいほうだと感じた。宇宙を実在の舞台というよりは亜空間や意識世界などとごっちゃにした複雑怪奇な設定があるので、一層わかりにくくなっている。内容はジュブナイル的な面もあるので、中高生にも読めるくらいの英文だったらけっこうお勧めだったんだけれど・・

★★★☆☆


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