2020年度10冊目

Jansson, Tove - Travelling light (1987)
トーベ・ヤンソン『軽い手荷物の旅』 

 

読書期間20.11.30-12.19 12.26掲載


 『ムーミン』シリーズの作者トーベ・ヤンソンの、大人向けの短編集。全部で12編の作品は、どれも程度の違いはあれ「旅」をモチーフとし、主人公は中年後期から老年に差し掛かった年齢の人々が多いのが特徴的だ。

 私が読んだヤンソンの大人向けの小説はこれで三冊目。『ムーミン』シリーズもそうだったけれど登場人物はだいたい心の奥に大小の固い結ぼれを持っていて、うまく周囲と折り合いをつけて生きることができない。不幸というわけでもないにせよ、孤独に傾きがちである。彼らが考えていることの道筋も、会話も、奇妙な屈折をはらんでいて読み取ることが難しい。以前読んだ「The Summer Book」では、会話があまりに理解できなかったため、これは私の英語読解力に問題があるのだろうと訳書を図書館から借りて確かめてみたことがある。そしたら、英訳と同じく、日本語訳でも理解不能だった。ちょっと不思議な、独特な世界を持つ作家だ。それは童話でも変わらず、私は子供のころからムーミンのほの暗い、分かり合えない、まるで予定調和的でない世界に魅了されていた。それはアニメやかわいいキャラクター商品から受けるイメージとはまるで違った世界だ。
 この短編集は、前の2冊と比べるとかなり読みやすく、わかりやすく、物語的に面白いものが多かった。ムーミンのキャラクターやエピソードを連想させられるものもあり、偏屈だったりひねくれていたりする人々が周囲に小さな波乱を巻き起こしていくというパターンが多い。ムーミンでは微笑ましかったりすることが、人間世界が舞台となると本当に困ったことに見えてくるのも面白かった。

An Eightieth Birthday
 有名な画家である祖母の80歳の誕生パーティに招待された孫娘とパートナーが、場違いな三人組の老芸術家に出会う。物語としてはスケッチ風で、寓意があるとしたら自分がうまくそれを捉えられたか心もとない。

The Summer Child  ◎
 世界の終末を心配する子供が夏休みに田舎にホームステイする話。面白かった。いろんな見方があると思う。私はといえば日常的に子供たちと接することが多いので、このヒネた少年の言動がけっこうナマに気持ちに響いてしまい・・ちょっと彼のことは好きになれなかった。長男は実にいい子である。

A Foreign City
 孫に招待されて外国旅行に旅立った老人が、トランジットの空港でいろんなトラブルに見舞われた末、一泊するはずのホテルの名前まで忘れてしまう。あてもなく街に出た老人は、そこで知り合った青年に歓待され、一夜の宿を提供してもらえることになるが・・という話。これもスケッチ風の短編。空気感はよく伝わってくるがやはり晦渋で、なにか読み取り切れていない感じがずっと残る。

The Woman Who Borrowed Memories  ◎
 芸術家として成功を収めた女性が、若いころに仲間たちと住んでいたアパートを20年ぶりに訪ねる。かつての自分の部屋には、そのころ居候をしていた女性が今でも住んでいて・・という話。これはかなりコワく、印象的な作品だった。どちらの言い分が正しいのか・・という議論の余地は私はないと思うが、主人公が知らない間に被っていた事どもの重大さを思うとちょっと暗澹たる気分になってしまった。

Travelling Light
 やたらと人の良い主人公が、他人からあてにされるのに疲れ果てて人とのつながりを断つべく、たった一人の船旅に出発するが、そこでも・・という話。これは表題作でもあり、いい作品ということなのだろうか? でもいくぶん、他の作品と比べても、分かり易すぎるような・・・。主人公はちょっとスナフキンみたいだ。

The Garden of Eden  〇
 素晴らしい景観のスペインの小村に滞在することになった老大学教授の女性が、トラブルを抱えた二人の女性と出会い、解決のために一肌脱ごうとする話。かなり病的な状況・・なのにタッチは軽快でユーモラス、珍しく明快なハッピーエンド。風景描写も美しい、佳作。

Shopping  ◎
 こんなところで大好物の破滅後(post-apocalyptic)小説に出くわすとは・・。終末後、人影もなくなった町にとどまった老夫婦が、ショッピングと称してわずかな物品を漁り、板のバリケードを張り巡らした我が家の暗闇の中に潜みながら、何者かわからない集団と対峙するというお話。

The Forest
 休暇で田舎にやってきた兄弟が、近隣の小さな森で冒険する話。残念、最後の落ちが読み取れなかった・・

The PE Teacher’s Death  〇
 学校の体育教師が自殺した。その葬儀の日、会社の同僚の家でのディナーに招かれた夫婦。しかし妻のほうは死んだ教師のことがずっと頭から離れなくて・・というお話。実に奇妙で、例によって会話が噛み合わない。これは日本語訳で読んだほうがよく味わえるのではなかろうか・・

The Gulls  〇
 職場でのストレスでノイローゼになり、離職した小学校教師が、妻の故郷の離れ小島へ療養に行く。鳥たちしかいない平和な島でのんびり過ごせば具合も良くなるだろうと考えてのことだったが、次々と起こる出来事は逆に彼の神経をますます追い詰めていって・・というお話。神経過敏で我儘な主人公はちょっと「The Summer Child」の子供に似ているし、物語の作りも似ている。こちらのほうがよりユーモラスで、結末の光明も明るいようだ。

The Hothouse  ◎
 植物園の温室で知り合った孤独が好きな老人二人の交流を描いたお話。これはユーモラスでもあり、しみじみとしていてとても良いと思った。

Correspondence  〇
 作家の「ヤンソンさん」と愛読者の日本人少女タミコとの往復書簡。だがヤンソンさん側からの手紙は載っておらず、手紙の交換の様子はタミコの手紙の、返信をもらって喜んだり手紙がないのに気をもんだりする様子から窺うしかない。この本の邦訳版では作品の配列がかなり違うようで、巻頭にこの作品が掲載されているようだ。

 面白かった。トーベ・ヤンソンはちょっと読みにくいのでたまにしか読まないのだけれど、もう少し集中して読んでみようかという気になった。ムーミンも何十年かぶりに読み直してみよう。

★★★★★

 


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