運営者プロフィール
 

 

田中秀幸

 神奈川県横浜市生まれ。
 早稲田大学第一文学部人文専修卒業、政治経済学部政治学科中退。
 大学図書館で数年間洋書目録業務に携わったのち独立、出版事務所八月舎を立ち上げ、主に海外文学の翻訳書などを編集、出版する。
 編集者としての仕事の傍ら、東京都内の専門学校にてヴァイオリン製作を学んだ後、カナダ・ヴィクトリアでMichael Vann師に弓の製作とリペアを、都内の弦楽器専門店で楽器の修理・調整全般を学ぶ。
 翻訳書出版や趣味の英文読書等の体験から、可能な限り客観的で勘やセンスといったものを排した論理的な英文解釈法を考案、広めるために塾や家庭教師等で中高生に教え、結果的に早大、北大、東京理科大、明大、学習院大、法政大をはじめ多くの名門大合格者を輩出した。
 以上を三つの柱として、現在も書籍編集者、ヴァイオリン製作家、英語講師として活動中。
 著書『分析と対訳 開いた窓 サキ短編集』
 いまだ独身。猫との二人暮らし。

 2020年春のコロナ禍をきっかけにリモート講義の可能性に着目、現在いろいろと模索中です。

 楽器のオーダー、英語の生徒(大学受験の長文読解がメインです)、ピアノ伴奏してくださる方、お嫁さん、大募集中です!!


以下は興味のある方だけ反転してどーぞ・・・(長文注意)

 生来内気で、幼少のころから本を通じて絵や物語に強く誘引され、空想や夢の世界に遊ぶ傾向が育まれていったことでおのずと孤独癖が身につく。体を動かすことが苦手で友人も少なく、家と学校と図書館を一人で往復する毎日だった。小学一年からヴァイオリンを習わされたものの、まったくものにならぬまま四年の時に脱落。それと前後して私の内向癖を憎んだ母により今度は無理やりカブスカウトに参加させられ、以来数年間苦痛の週末を過ごすことになるが、後になってこの野外活動の経験が海外放浪、バイクツーリング、キャンプや釣行などに大いに役立つことになる。小学高学年になると同級生を引き連れて高麗川上流域などへ毎週のように遠征の釣りをするようになり、このころから本や芸術に耽溺する内向癖と、釣りや旅行などに繰り出そうとする外向性とがかなり極端な形で交互に出現するようになった。中学に入ると折からのツッパリブームの影響で校内は荒れており、イジメられたりもして一時的に出現した外向性は霧散し、ほとんど誰とも口もきかずに日がな本を読んだり、絵を描いたりして辛い現実をやり過ごす暗い日々を送る。高校受験も非常に辛く、塾では医大生の数学講師に目をつけられトイレに連れ込まれて殴られたりもした。そんなこんなでようやく入った高校は不本意至極のバンカラ系男子校だったため、溶け込む気力もなく、相変わらず一人ぼっちの三年間を送ることとなった。学業のほうも、数学は塾のトラウマで全くやらなくなっており、英語も大嫌いでつまりはどうしようもない落ちこぼれだったが、不思議と学力テストの成績は常に上位だったためますます学校の授業をナメ切り、授業中に文学書を読んだり、ロシア語を独学し始めたり、絵を描いたり映画を大量に観たりとある意味自由な高校生活を満喫した。大学はもともと志望していた美大には入れなかったものの文学部でロシア語を習えることになり、今まで好きでやっていたことが学業になったことで一転して楽しい四年間を過ごすことができた。ロシア語Tクラスは男女半々の30人ほどの小さな集まりで居心地がよく、同級生の女子たちの美人率の高さも嬉しかったが、見当違いの相手にばかり恋して失恋続きの憂き目を見たりもした。卒業後一年置いて大学職員として某大学図書館に奉職。ここでは同期同士の仲が良く、みんなで飲みに行ったり旅行したりして、あたかも別種の楽しい大学生活をやり直したかのような生活を六年間送った。これでなんだか思春期の迷妄がようやく払拭され、社会復帰できたような気分にもなったことであった。いっぽう昔から物書きになりたいと願っており詩や小説などを書いていたが結局ものにはならなかった。29歳で大学職員を辞め、個人事業主として一人出版社を始める。最初のうちこそ順調な滑り出しに思われたものの、たちまち出版不況の波にのまれ早々にこれで食うことは無理と諦めざるを得ず、他のことで生活費を稼ぎつつ、趣味的に好きな本を作るという方向へと転換。さらに同じころに再開したヴァイオリンにのめりこみ、しまいにはヴァイオリン製作の専門学校に入って二年間学んだり、短期留学をして弓の製作を習ったり、専門店で修業したりした。おのずと出版は二の次になってしまった。生計は様々なバイトや図書館関連企業での目録作成、印刷会社での校正、塾の英語講師などで賄っていたが、やがてこちらが忙しくなり五年間ほどは休みもとれないほど低賃金労働にかまけて本作りも、ヴァイオリンからも離れてしまった。おととし自宅のローンの大半を繰り上げ返済し(これのために日銭稼ぎに精出していた)、昨年からは外仕事は塾講師だけでなんとかなるようになり、四十肩や体調不良も治まったことで10年ぶりにヴァイオリンの演奏のほうを再開、今年(2020年)には製作も再開した。そして同年四月、新型コロナウィルスによる緊急事態をうけ塾も休んで家に籠ることとなり、かねてより懸案だった個人ホームページをこうして再開するに至ったのであった。長い間目標を見失い生活のためだけに意味もなく駆け続けていたところを幸か不幸か立ち止まる機会を得、来し方行く末を思う余裕もできてここ数年の迷走を反省したのだった。今後は英語講師を続けつつ、ヴァイオリン製作を中心に活動していくつもり。そうして、昔書いた作品や個人ページのコンテンツはほとんど散逸してしまったが、新しいこのページを、書いたものの置き場として、そう遠くもないか遠いのか知らないが、己の終末に向けてある程度まとまったものが残せていけたらいいなとも考えている。

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