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上野台地を歩く(2)----田端〜日暮里

かっての「文士の村」田端から線路沿いに西日暮里に出ると、散歩にうってつけの道が不忍通りと平行して三本現れる。一番上が台地の天辺を通る「諏訪台通り」、台地のすぐ下を通る「六阿弥陀道り」、不忍通りのすぐ近くを通る「よみせ通り」である。
よみせ通りのあたりは、かって藍染川が流れていたと言われ、文京区と荒川区の境界になっている。


田端高台通りの陸橋を渡った南奥の路地に、芥川龍之介居住跡の掲示板(クリックで写真拡大がある(写真左)。周囲は開発されて今や何の痕跡も無い。
また、文士村としての史跡保存の努力も、最近の広域開発によって史跡が多く消えてしまった。
文士交流の掲示板(クリックで写真表示

春には桜が美しいこの尾根筋?の道は、新幹線や、山手、京浜、東北などの路線が眼下に広がり、歩くのが楽しい。
西日暮里近くで「ひぐらし坂」の細路を登ると展望が更に開け、人々が初日の出を観に集まるビューポイントがある。
かっては前が広々と開け、遠くのビルの間を昇る日の出は感動ものだったが------。最近では間近に架橋が乱立して、日の出も苦しそうだ。

ビューポイントの昇日(1911年元旦)

「ひぐらし坂」あたりでは、縄文時代からの居住跡が多く発掘されている。(掲示板)
かっては、豊かな入江の先には一面に森林が広がり、遠く筑波山や日光連山が展望できたに違いない。
当時の人々のほうが、案外心豊かな生活をしていたのかも知れない。


← 台地の下の小道に、「ianak!」という洒落たパン屋さんが最近出店した。なかなかの評判-----たしかに旨い。

ひぐらし坂から人道橋を渡り階段を登ると、道灌山にでる。この周辺は上野台地の中間点にあたり、一際展望が利く。↓

江戸時代には寺町がひろがり、社寺が競って庭園を造ったので人々が日の暮れるのを忘れて四季の景色を楽しんだと言われる。それが、「ひぐらしの里」→「日暮里」となったという。


道灌山の出口に、第一日暮里小学校の校門があり、卒業生の高村光太郎直筆の「正直親切」の記念碑と「フクロウ」の像がある。フクロウの姿が、なんとも愛らしい。↓

↑ すぐ隣の「太平洋美術会」は、明治22年に創立された「明治美術会」が母体で、洋画・彫刻界で最古の歴史的美術団体。

道灌山に連なり諏訪神社が鎮座している。上諏訪神社と同系で、造営は元久2年(1205年)と言われ日暮里・谷中の総鎮守になっている。
狛犬は珍しいブロンズ製。また、安政(1854〜60年)に制作されたという「源為朝公の山車」に巡行する」人形が残っている。

(源為朝公の山車人形)

諏訪神社の鳥居横に、「浄光寺」がある。諏訪台上からの展望、特に雪景色がすばらしいと「雪見寺」とも呼ばれていた。荒川区指定文化財の「銅造地蔵菩薩」等が安置され、江戸六地蔵の一つになっている。


諏訪神社を越えると六阿弥陀通りに下る「富士見坂」にでる(写真下)。昔は真っ正面に白鳳が輝いたようだが、今ではビルに遮られて半分ほどになってしまった。
坂を下りきると、布袋さんが描かれたピンクの塀が目を惹く。「日ぐらし布袋」とよばれる修性寺で、江戸市内で最も古い歴史を持つ「谷中七福神」の一つ。

(富士見坂)

その先の法光寺山門横に、「陸軍少年飛行兵慰霊の碑」がある。海軍の予科練に相当する少年飛行兵達-----ノモンハン事件以降敗戦までに散花した四万五千人を慰霊するもの。
気づかぬ程にひっそりと佇んでいるが、花が絶えない。↓


諏訪台通りに戻ると、富士見坂の少し先に洒落たログハウス Chalet Swiss Mini が目に入る。

← スイス風ログハウスのCafe。カルチャーや語学教室などにも力を入れている。狭いながらも草花に囲まれたオープンカフェで寛ぐのも乙なもの。

↓ 少し歩くと出会うのが「養福寺」。ここの「仁王門」や木造二天王像、談林派歴代の句碑、などが荒川区の登録文化財になっている。

諏訪台道りに残っている三軒長屋や建具店などを懐かしく観察しつつ歩くと、谷中銀座から日暮里に続く「夕焼けだんだん」の上に出る。
角の「大黒天経王寺」は、慶応4年(1967年)の上野戦争で敗走した彰義隊士をかくまったために攻撃を受け、いまでも当時の弾痕が残っている。

(大黒天 経王寺)

(山門の弾痕)


よみせ道りは、道灌山通りから団子坂通りまで続く長い商店街で、見所も多いのだが『谷根千散策者?』がここまで足を伸ばさないのは残念。

← 25歳で事故死した演劇俳優・戸野広浩司----その無念さを若き演劇人に晴らしてもらいたい、との思いで誕生した小劇場である。

週刊誌でも取り上げられた最近人気のラーメン店。
この商店街の中核店「コシヅカハム」の近くに最近開業。

← よみせ通りの略中間点で「谷中銀座商店街」が台地の上、日暮里駅に向って続く。短いが、「谷根千」の中心として人混みが絶えない。
六阿弥陀通りと交わる「夕焼け段々」下には、老舗の「竹工芸店」が新規出店し、盛況。

諏訪台通りは「夕焼けだんだん」の上で終わる。この場所からは、左に行けば「谷中霊園」「日暮里繊維街」「根岸の子規庵」、直進すれば谷中の定番路『初音通り?」を経て上野公園へ、と様々な散歩ルートが選べるジャンクションになっている。

(竹工芸店)

(夕焼けだんだんの上)