語源の話です。
最近、 ホセ=ルイス・ナバーロ=ガルシア&ミゲル・ロペーロ=ヌニェス編 『フラメンコの歴史』(1995) のほんの最初の部分だけ読んだのですが、 そこで flamenco の語源に関するいろいろな説が紹介されています。 おなじみの「逃亡農民」説や「フラミンゴ」説に混じって、 「フランドル帰り」説というのがあって、 僕はこれに一番興味を引かれました。
フランドルは今のオランダとかベルギーのあたりに広がる地域ですが、 スペインと何の関係があるんだろうと思うかもしれません。 ところがこれが大有りで、ごく単純化して言うと、 この地域はハプスブルク朝スペイン (16-17世紀) の領土だったのです。 オランダが長い戦争 (「オランダ独立戦争」1568-1648) の末独立しますが、この間、 スペインから「反乱鎮圧」のために軍隊が派遣されていたようです。
そんな中で、フランドルの戦役に参加したジプシーがその功労を認められ、 住む場所を選んだりジプシーの伝統的な稼業につくこと (勅令で禁じられていた!) が許可されている例があるそうなのです (pp. 37-39, 163-165)。 この背景にはジプシーに対する迫害・弾圧という当時の事情があるのですが、 これらフランドル帰りのジプシーとその家族は、 その「例外」だったことになります。 つまり「フランドル帰り」はある種のステータスを持った人々を 呼び分ける機能を持っていた可能性があるのです。
一方、スペイン語のノリとして「フランドル帰り」を 「フランドルの flamenco」 という言い方で表現するのはごく自然です (「アメリカ帰り」を americano と言ったりした)。 「フランドル帰り」説は、いろいろ想像力豊かで 時にはトンデモ語源と呼びたくなるような物まである他の諸説と比較して、 語形の変化を想定する必要がない分 (たとえば「逃亡農民」 説では fel(l)ah-mengu というアラビア語の語形を考えているが、 ここから flamenco に至る複雑な変化を納得のいく形で説明する必要がある)、 言語学的には最もすっきりしていて無理がないと言えます。 もちろん「フランドル帰り」から「フラメンコ」に至る意味変化について の検証は必要ですが、 基本的にはフランドル帰りのジプシーからジプシー一般への拡張でしょうから、 変化の道筋として特に珍しいわけではありません。
というわけで「フランドル帰り」説、結構いけるかもしれません。 といっても、 僕自身きちんと判断できるだけの材料を持っていないので、 「好意的な紹介」に過ぎませんが。
2000/08/29
KAWAKAMI Shigenobu