音楽事情が続いたところで、旅に出た時、誰もがまず興味のある事を述べてみたい。
それは人間の欲の出発点である食べ物である。もちろん普段の生活においても欠かすことが出来ない項目であるが、特に海外に出た時、その国、その国の食事が文化探究 に繋がることは言うまでもない。
ところがである。日本からここに来る方々には不思議な現象が起こる。彼等はこのブランソンに滞在するたった3、4日の旅ですら日本食を断つことが出来ないのである。それはあたかも麻薬に狂ったかのような様相を示す。じつはそんな彼等を見るに見かねて私の家に招待し、私が自ら作る手製の汁でソーメンをごちそうする。すると彼等の顔がとたんに恵比寿様みたいな顔付きになるのだ。仏頂面が恵比寿顔になるのである。同じ神様の顔でもこれはかなり違う。私もそんな顔を見るのが楽しみで招待し続けているうちに、『ブランソンに行ったらマイクのソーメン』というのがいつのまにかブランソンに毎回来る知り合いの中で定評になってしまった。
それはともかく、日本からの客人の中には始めから耐えられないのを見越してスーツケースにインスタントラーメン、インスタント味噌汁のたぐいを持ってくる人達もいる。
でもねえ、なぜその国、その場の土地柄の食事にチャレンジしないのだろうか。インスタントものよりその方がずっと楽しいと思うのだが。そしてその理由は食事そのものだけではないものも得られるからだ。それはこういう意味である・・
東京は世界で一番食事のバラエティに富んでいるところかもしれない。とにかく全国のみならず世界の料理、飲み物がなんでも存在する。東京には確かに炭火のステーキ屋も、アメリカンスタイルを売り物にする飲み屋、レストランも数多くある。しかしどんなに味を同じにしても変えることが出来ないことがある。つまりいかにアメリカ風にしても所詮アメリカで食べているのではないのだ。あくまでも日本でのアメリカ風レストランというだけに過ぎない。
食事というのは食べ物だけでなく、雰囲気がともなって始めて味も変化してくる。例えば紙コップに紙皿。同じ食べ物がこれだけの変化でいかにまずくなるか試してごらんになったことがあるでしょうか。ともかく日本からはるばるこのアメリカ中央の土地、ブランソンまで来ているのだ。その雰囲気を味わう店というのがここにもある。一例を挙げればこのオザーク山中のテーブルロック湖が一面に目の前に広がるレストランがある。
ここには客もウエイトレスももちろん日本人は一人もいない。そして皆さんがよくご存じのアメリカの西海岸、東海岸。そこではないのですよという人間が醸し出す雰囲気が味わえるのである。まずウエイトレスがアメリカの田舎特有の擦れていない人のいい笑みを浮かべて近づいてくる。ホテル以外の人間に接っする最初の土地の人間かもしれない。極端なことを言えば旅の印象を左右してしまう程の力をこのウエイトレスという人間は持っている。
それは『え! アメリカ人のウエイトレスってyesかnoの注文を取るだけの機械みたいな人間かと思ったら、こんなに暖かい人間なの!』って誰もが思う程いわゆるオザーク式歓迎なのだ。食事そのものだけではない発見の始まりだ。そしていよいよグルメの世界へと入っていく。
もちろんアメリカ食の代表はステーキ。日本の霜降りの松坂牛とはまったく違うアメリカらしい、いわゆる肉の歯応えというものがある。改めてアメリカに来たのだなと感じる一瞬である。ブランソンはアメリカの中央だから、海からかなり離れている。従って海の幸は海の近くの海産物を出すレストランにはかなわない。しかしここには湖、そして川がある。そこで取れる魚がある。それは鱒に代表されるが、そのムニエル風、バーベキュー風となかなかの味を醸し出す。それもお試しあれ。
そしてあえてお進めではないが、日本では一般に食べない、見たことのないものも紹介しよう。しかしながらなかなかの珍味である。まずナマズがある。こちらではナマズのヒゲの顔つきからキャットフィッシュ(直訳すればネコ魚)と呼んでいる。料理の仕方は天ぷら風フライが主であるが、この魚のフライの仕方のうまいレストランを見つけるとやみつきになる。そしてフロッグレッグ(蛙の足)。鶏肉よりやわらかくておいしい。さらにフロリダ州から取り寄せるワニの肉。これは固くてちょっと生臭い。最後にアメリカの野性肉も紹介しよう。バイソン(野牛)、鹿、リスなどの肉である。もうここまで試せば否応なくパイオニアの国、アメリカを感じることになる。
食べ物から探る文化の味。海外での楽しみが一段と増すこと、間違いない。
|