序章 本書の概要 |
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1 「闘病記」について |
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2 研究の対象と方法 |
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3 先行研究 |
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4 本研究の意義 |
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第1章 闘病記をめぐる社会的背景 |
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1 闘病記への関心の高まり |
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2 闘病記出版数の増加の要因 |
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1)出版の大衆化 |
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2)疾病構造の変化 −がん闘病記の時代 |
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3 ナラティヴ・ベイスト・メディスンへの動き |
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第2章 闘病記の系譜 |
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1 闘病記の歴史 |
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1)非共有の「闘病」意識 |
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2)「闘病」という言葉 |
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3)三大新聞にみる「闘病」の出現と普及 |
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4)『闘病術』の内容 |
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5)結核という病い |
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6)『闘病術』と結核患者 |
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7)「闘病」の一般化 |
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8)「闘病記」の登場 |
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9)「闘病」の起源と社会背景 |
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10)辞書にみる「闘病」の変化 |
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2 がん闘病記の変遷 −「告知」を中心に |
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1)変遷の要因 |
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2)がんをめぐって |
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3)がん治療の流れ |
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4)「インフォームド・コンセント」と「告知」 |
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5)「告知」とがん闘病記 |
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6)がん闘病記の変遷 |
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7)がん闘病記とマスターナラティヴ |
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8)近年のがん闘病記 |
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第3章 「アウェアネス理論」からみるがん闘病記 |
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1 『死のアウェアネス理論と看護?死の認識と終末期ケア』について |
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2 「終末認識」と相互作用 −グレイザーとストラウスによる「認識文脈」 |
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3 「閉鎖」認識と「告知」以前の闘病記 |
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4 「疑念」認識と児玉隆也『ガン病棟の九十九日』 |
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5 「相互虚偽」認識 |
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6 「オープン」認識 −「告知」以後の闘病記 |
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7 新たな時代へ |
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第4章 がん闘病記と5つの語り |
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1 がん闘病記について |
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2 調査の概要 |
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3 回復の語り |
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4 衝撃の語り |
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5 混沌の語り |
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6 探求の語り |
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7 達観の語り |
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8 5つの語りと「死」 |
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9 語りの変容と現代社会 |
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第5章 乳がん闘病記をめぐって |
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1 闘病記にみるジェンダー |
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1)なぜ乳がん闘病記が多いのか |
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2)闘病記の内容 |
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3)しこりに気づいたとき |
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4)乳房喪失 −「女性」へのこだわり |
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5)医学上での乳房の軽視 |
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6)乳がん治療の流れ |
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7)鏡を見る恐怖 |
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8)千葉敦子の場合 |
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9)ジェンダーへのこだわり |
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10)「女性」としての意識に目覚めるということ |
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2 個人にみる変容 −小倉恒子医師と8冊の闘病記 |
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1)小倉医師と乳がん |
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2)8冊の闘病記の概観 |
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3)ブログと講演活動 |
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4)小倉医師へのインタビュー |
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5)乳がん闘病記をめぐって |
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第6章 グリーフワークとしての闘病記 −家族が書く闘病記 |
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1 患者本人以外の闘病記 |
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2 闘病記とグリーフワークについて |
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3 遺族によって書かれた闘病記の諸相
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1)余生のよすがに − 「ありのままに生きる」 |
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2)病気の進行を克明に記録 −社会の役に立ちたい |
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3)生きた証しを残したい −わが子を失って |
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4)その他 |
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(1)社会に伝えたい,子どもたちに伝えたい |
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(2)いつか何かのかたちに |
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(3)遺志の社会化 −夫の思いを社会に伝える |
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4 「闘病記」からみるグリーフワーク |
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1)遺族によって書かれる闘病記のパターン |
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2)癒す作業としての「書く行為」 |
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3)「故人との関係を学び直す」ということ |
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4)「意味再構成」としてのグリーフワーク |
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(1)気持ちの整理ができたことで次の人生へ移行 |
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(2)社会に役立つことを目指し,実行できたことで納得 |
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(3)一体化・内面化することで喪失感が和らぐ |
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(4)「生きる勇気を得る」「区切り?切り離し」「遺志の社会化」 |
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5 死別による喪失を書くという作業 |
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第7章 テキスト化する闘病記と新たな役割 |
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1 闘病記の参考書的役割 |
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1)患者・家族にとっての参考書 |
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2)闘病記古書店主 星野史雄へのインタビュー |
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3)ピアカウンセリングの役割 |
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4)病気への対処を学ぶ,生き方を学ぶ |
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5)医療のあり方への提言 |
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6)「闘病記文庫」をめぐって |
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2 闘病記をめぐるコミュニティの形成 −星野周子『いのちに限りが見えたとき』をめぐって |
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1)問題の所在 |
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2)星野周子の場合 |
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3)星野周子へのインタビュー |
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4)闘病記をめぐるコミュニティの形成 |
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5)星野周子『いのちに限りが見えたとき』をめぐって |
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6)共有体験のコミュニティ |
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3 闘病記と「いのちの教育」 |
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1)看護学教育における実践から |
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1)授業の概要 |
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2)がん患者の闘病記を取り入れた授業 |
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3)闘病記を看護学教育で用いることの意義 |
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4)今後の展望と課題 |
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2)6年制薬学教育における「ヒューマニズムについて学ぶ」 |
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1)「闘病記に学ぶ」授業開始の背景 |
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2)薬学生の感想 |
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3)「緩和ケア」総合教育分野での実践 |
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4)「セカンドステージ大学」における授業 |
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3)授業を通して |
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4 闘病記の発展可能性 −闘病記を用いたグリーフケアへの応用 |
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1)闘病記を発展させたかたち −日本の状況 |
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2)海外のホスピスでの実例 |
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1)Mercy Hospice Aucklandとバイオグラフィカルサービス |
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2)コロラド州 Hospice Care of Boulder & Broomfield Counties(HCBBC)における
Heart to Hand Writing Group |
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3)闘病記の発展可能性 |
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第8章 生きる力に −現代における闘病記の意義 |
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1 患者本人が闘病記を書くことの意味 |
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1)病いを語るということ |
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2)「書く」行為についての語り |
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3)病いの体験を書き綴ることについて |
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4)がんを病む人の意味世界 |
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5)闘病記を書くことの意味 − 「新たなる自分」の形成 |
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2 現代における闘病記の意義 |
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1)闘病記の「受動的能動性」 |
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2)「受動的能動性」が機能するとき |
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3)現代社会における闘病記の意義 |
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終章 闘病記という物語 |
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参考文献 |
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調査に用いたがん闘病記 |
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巻末表 |
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索 引 |
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あとがき |